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海谷陸斗企画 ~陸斗マンションの謎~

同名。

僕は同じ名前を持つ存在と出会った際に他とは違う親近感を覚える。

全国名字ランキング5583位という珍名中の珍名「海谷」を持ち、普段めったに同名の者と会うことがないからであろう。

「海谷」という名を持つ者を見かけると感心を持ち、読み方が「カイヤ」であれば強い仲間意識、「ウミタニ」であれば、強い失望を抱くということがこれまでに多々あった。

#同名に対する同盟意識

このことは地名においても同様である。

世の中にはごくわずかだが「海谷」を名乗る地名がある。

海谷渓谷 海谷住民ちびっこ広場 etc

しかしどれも「ウミタニ」「ウミダニ」だとかいう「偽海谷」であり、同名への期待を膨らませた僕を幾度となく失意のどん底に叩き込んだ。

そんな偽海谷だらけの世の中で唯一「カイヤ」という読み方を持つ真の「海谷」地名があった。

「海谷公園」

この真の「海谷」の名を持つ「海谷公園」は数々の偽海谷に騙されていた僕を慰めるに十分な存在であった。

海谷公園は真の「海谷」の名を持つ海谷一族にとっての聖地であり、一度は必ず巡らなくてならない場所に違いない。

そこで僕は昨年8月、「海谷陸斗」企画と称し、実際に聖地巡礼を敢行した。

ローカルガイドからは「記憶に残らない場所」と辛辣な評価を受けた「海谷公園」だが、僕にとっては聖地。むしろ一生の思い出に残る聖地巡礼体験であった。

あれから約半年。巡礼を果たした達成感に浸る一方で、どこか足りない思いを常々感じていた。

僕は同名に対する同盟意識を考える際、なぜか「海谷」にばかり焦点を当てている。

確かに僕は普段「海谷」以外の名で呼ばれることはほぼない。最近では両親ですら「あんた」に変わった。そんな環境では「海谷」にばかり意識がいくのも無理はない。

しかし僕の真の名前は海谷海谷ではない。

僕の名前は海谷陸斗である。

「海でも谷でも陸でも空(北斗七星)でも、どんなところでもたくましく生きていけるように」

両親の強欲な願いが込められ、僕は「陸斗」という名を授かった。

「海谷」にのみ注視するのはそんな両親の願いをも無視する冒涜行為だ。

「海谷」の聖地を巡ったのなら「陸斗」の聖地も巡らなければならない。

僕はすぐさま「陸斗」を持つ地名を調査した。

「海谷」に比べて「陸斗」を持つ地名は非常に少なかった。

そんな中でも関東から東海、東海から関西といった具合に粘り強く範囲を広げていくと、一つの地名にたどり着いた。

「陸斗マンション」

生まれてこの方22年、ひたすらマンションに住み続けていた僕にとってマンションは非常に身近な存在である。「陸斗」という名前がついているならなおさらだ。

僕にとって間違いなくこの「陸斗マンション」は聖地だ。

僕にはこの聖地への巡礼を果たす義務がある。

こうして僕の「陸斗マンション」巡礼が始まった。

「陸斗マンション」は大阪府枚方市にある。

僕は例のごとく地獄の暴走巨大四輪車に乗り込んだ。

あらゆる自由を奪われ、老若男女が犇めく四輪車ですし詰め地獄を食らうこと8時間。

四輪車は聖地への入り口である大阪なんば駅に到着した。

8時間に及ぶすし詰め地獄の結果、身も心もすっかり荒みきってしまった。

この状態で「陸斗マンション」に訪れるのは聖地への冒涜にあたる。

聖地巡礼を行うにはこの荒みきった身と心をととのえる必要がある。

僕は聖地巡礼への準備として、地獄で喰らった荒みをととのいに変えるユートピアへ向かった。

すし詰め地獄の四輪車とはうって変わり、湯ートピア内部は数人の髪の長い老人がいる他には、ほぼ貸し切り状態のユートピア。

いつも通りのサウナセットを繰り返すうちに、みるみるうちに荒みがとれていくのを感じる。

湯ートピア。あぁ湯ートピア ユートピア

極上のユートピア体験を果たした僕は足早に仮眠スポットへ向かい、夢の国へと入り込んだ。

夢から覚めると時刻は13:00を廻っていた。

湯ートピアのあまりのユートピアっぷりに僕はしばし本来の目的を忘れてしまっていた。

僕は聖地巡礼のために大阪にやってきたのだ。

いつまでもぬるま湯に浸かっていてはいけない。

夢から覚め、我に返った僕はすぐさま外出の準備を整え、素晴らしき湯ートピアを後にした。

向かう先は1つ 枚方市だ。

枚方市は大阪と京都の中間に存在する地方都市である。 

ひらかたパークといった関西人に馴染み深い場所も存在するようだが、一般的な関東人にとっての印象は薄い。

しかし僕にとっての枚方市は聖地「陸斗マンション」を有する都市である。

チベット教徒が聖地ポタラ宮殿のあるラサに特別な感情を抱くのと同じように僕もまた枚方市に特別な感情を抱いている。

陸斗マンションには何があるのか。

陸斗マンションの由来とは何なのか。

溢れんばかりの好奇心から僕の気持ちは自然と高揚した。

電車に揺られること約30分。

僕は「陸斗マンション」の玄関口 枚方市駅に到着した。

聖地「陸斗マンション」は枚方市駅から約10分の場所にある。

横浜を出発して16時間、過酷な旅を経てついに念願の「陸斗マンション」が近づいている。

気持ちの高鳴りと共に自然と足取りも軽い。

僕は10分と表示された道のりをものの数分で走破した。

「陸斗マンション」と表示されている場所にはアパートが建っていた。

左側の建物

ついにあの「陸斗マンション」が目の前まで迫っている。

僕は興奮を抑え、恐る恐るアパート名を確認した。

「ラ・フォーレ壱番舘」

!?

なんやラ・フォーレって?

ここは「陸斗マンション」じゃないんか。

僕はすぐに地図を確認した。

ある。ここには必ず「陸斗マンション」があるはずなのだ。

おかしい。何かがおかしい。

僕は付近のアパートの名前をしらみ潰しに捜索した。

しかしどこのアパートもラ・フォーレ二番館だか、エストリザイアだとか「陸斗マンション」とは似ても似つかない名前のものばかり。

嫌な予感がよぎる。 

いやまだ始まったばかりだ。知らない土地では地図だけで目的地にたどり着けないこともしばしばある。

枚方市民でもない僕の捜索には限界があるのだ。

枚方市のことは枚方市民が一番良く知っているに違いない。

僕は地図上で陸斗マンションの隣にあるcafeビアンコを尋ね「陸斗マンション」の場所を尋ねた。

左側 ラ・フォーレ壱番舘 右側cafeビアンコ

はいぐ 「(地図を見せて)この陸斗マンションってところに行きたいのですが」

店主 「この店の裏側に何個かアパートがあるからそれのことかもしれない」

裏側は盲点だった。

やはり陸斗マンションは存在するのだ。

僕は営業中にも関わらず、貴重な情報をくださった店主に感謝し、cafeビアンコの裏側に歩みを進めた。

しかし

裏側の光景は僕を絶望のどん底に叩き込んだ。

駐車場。

何個かあるアパートとは何だったのか。

目の前にはアパートとは最も遠い茫漠とした平地が広がっていた。

「陸斗マンション」は存在しない。

偽情報を提示したgoggleマップへの怒り、16時間かけてやって来た先にあったものが駐車場だったことへの徒労感、陸斗マンションがなかったことへの悲しみ。

様々な感情が僕の頭の中を渦巻いた。

そして一通り感情が巡ったのち、陸斗マンションへの疑問が湯水の如く沸き上がった。

  • なぜ枚方市の地図に突然現れたのか 
  • なぜ登録がレストラン扱いなのか
  • なぜ陸斗なのか
  • なぜcafeビアンコの店主は嘘をついたのか

陸斗マンションには謎が多い。聖地巡礼を果たすことはできなかったが、聖地にまつわる謎は必ず解明しなければならない。

陸斗に関する謎を解明することが僕の陸斗としての使命だ。

僕は謎解明のヒントを考えた。

1 いたずら

陸斗愛の強い人物が「陸斗」の名がつく地名が少ないことに憤慨し、陸斗マンションを登録した?

いや それはおかしい。なぜ枚方市なのかという疑問が残るし、適当な名前で地名登録が可能なら今ごろgoggleマップには「直輝マンション」やら「湧馬マンション」、「新マンション」に「康介マンション」が乱立しているはずだ。

あれだけ堂々と地図上に登録されているのなら、何らかの根拠があるに違いない。

2 過去に存在した

以前枚方市に存在した「陸斗マンション」が何らかの理由で取り壊されたが、地図上に反映されていない。

これは非常に有力な説である。実際に存在していたのなら、地図上に登録される根拠になり得たはずだ。

goggleマップの情報は個人の提供に委ねられている。

「陸斗マンション」が失くなったことを枚方市民がgoggleに報告していなかったため、いまだに地図上に残り続けているという仮説は比較的理にかなっている。

「陸斗マンション」の存在を確かめるためには必要なものは1つ。

地図だ。

地図の不確かさを検証するには確かな地図を用いるしかないのだ。

確かな地図が置いてあるのはインターネットではない、図書館だ。

僕の次なる目的地は枚方市中央図書館に決まった。

陸斗マンションから枚方市中央図書館までの道のりは約40分。

聖地巡礼失敗からの落胆にうちひしがれた僕の体にはあまりにも長い道のりだ。

太陽は既に1日の役目を終えようとしていた。

それでも僕は歩いた。ひたすら歩いた。

陸斗マンションの謎を解明したい。その一心で。

図書館には必ず真実があるはずだ。

歩き始めること40分。ついに僕の目の前に図書館が現れた。

ついに真実を知れる。僕は安堵と喜びに震えた。

しかしそこで待っていたのはまたしても残酷な現実であった。

なぜだ なぜ人々は「陸斗マンション」の真実から僕を遠ざけるのか。

陸斗マンションには陸斗が知るべきではない重大な真実が隠されているのだろうか。

cafeビアンコの店主も僕が陸斗であることを察して、僕を気づかうために偽の情報を与えたのかもしれない。

陸斗が知るべきでない真実とは何なのか。

謎はいっそう深まるばかりだ。

美味さが全て~家系ラーメン論争~

「緊急事態宣言延長」

この宣言は長引くコロナ渦において客足の減少に苦しむ飲食店たちに悲しみと絶望を与えた。

「正直うんざり」「もう終わりだ」といった悲鳴が飲食業界各地から聞こえることも多い。

一方で緊急事態宣言なんてどこ吹く風、強い集客力で繁盛を極め続ける飲食店もある。

吉村家だ。

異常な混みを見せる吉村家(2021/2/6 12:00撮影)

某道家など数多くの悪徳飲食店を世に送り続ける家系ラーメン界隈の元祖として熱狂的な支持を集める一流ラーメン店。

世界屈指のラーメン激戦区横浜駅周辺においても、その唯我独尊とも言わんばかりの圧倒的な人気で頂点に君臨し続けている。

いま横浜で一番人口密度が高い場所といっても過言ではないだろう。 

しかし僕は吉村家徒歩圏に住む横浜市民の一人としてこの異常とも言える人気に疑問を抱き続けていた。

何を隠そう僕は大のアンチ吉村家だ。

理由は簡単。吉村家が大量の悪事を働いていることを知っているからだ。

      吉村家の悪事一覧

  • 行列詐欺(10席以上連続で席が空かないと店に客を入れない)
  • 行列詐欺で道を塞ぐ
  • ライスのお代わりを導入しない
  • 時短要請に応じない
  • 道にスープの残り汁をばらまく

これらの悪事は吉村家が犯した罪のほんのわずかに過ぎない。

行列による待ち時間はもちろんのこと、上記のような悪事を知っている僕は吉村家=悪、横浜を知らない田舎っぺがありがたがる食いもんという認識を持ち、頑なに吉村家を避け続けてきた。

吉村家を避け続ける僕が行くラーメン屋といえば一つ。「横浜家」だ。

異常な空き具合を見せる横浜家(2021/2/6 12:00撮影)

この横浜家は吉村家の真向かいという超良立地にあるのにも関わらず、常に異常な空き具合を見せている。

僕はこれまで22年間横浜に住み続けているが横浜家に行列ができていることはいまだかつて見たことがない。

とはいえ横浜家は決して劣ったラーメン店ではない。むしろ多くの点で吉村家を上回っている。

まずは値段。写真からわかるように横浜家のラーメンは500円だ。これは吉村家のラーメンが720円であることを考慮すると明らかに安い。

安いからといって質素な訳ではない。

横浜家の500円ラーメン

写真でわかるように家系の基本トッピングは網羅しているし、味もあっさり系で悪くはない。

そして何より横浜家はスタンプカードを導入し、リピーターを労うという称賛に値するおもてなし精神を持ち合わせている。

「お客様はわが味の師なり」とか言いながら何のサービスもせず殿様商売を続ける吉村家は大きく異なるのだ。

以上の理由から僕は吉村家はにわか、横浜家こそが至高と自らに言い聞かせ、横浜家に足しげく通い続けていた。

そして発表された緊急事態宣言。世間では密を避けろの大合唱。吉村家の集客力も衰え、ついに横浜家の時代がやってくる。

横浜家の可能性を信じ続けた僕は世間が目を覚ますのを信じて疑わなかった。

結果はどうだろうか。

吉村家は大繁盛、横浜家は閑古鳥。

状況は何も変わらなかった。

何が人々を吉村家に向かわせるのか。

僕はこれまで無意識に吉村家=悪と決めつけていた。しかし本当に悪ならばこれだけ多くの人々が集まるだろうか。

僕は悪という先入観に囚われ、吉村家の魅力を見失っているのではないか。

吉村家の良さを知るためには吉村家に行くしかない。

こうして僕は約5年ぶりに吉村家の行列に並び始めた。

並び始めて数分、吉村家お得意の行列詐欺が始まった。奴らは列が3列になり、隣の店の前にまで達しそうになると、店に客をまとめて入れて、行列解消を図る。

行列が減ったらまた、店の前を行列が埋め尽くすまで、客を店に入れず待つ。

こうして奴らは店の前に一定の行列が出来る状態を保っているのだ。やはり悪の権化 吉村家。

開始早々不快な光景を目の当たりにした僕は並びを止めて目の前に立つ横浜家に入ろうか迷った。

しかし今日は何としても吉村家を食わなければならない。

不快な気持ちは文章で発散せよ。

僕は本ブログを開き吉村家の悪事を書き始めた。

悪事を書くこと約1時間、ようやく行列詐欺も終わり、僕は吉村家店内へ足を踏み入れた。

注文はもちろん硬め、濃いめ、多めだ。

硬め、濃いめ、まずめが出ないよう願うこと数分、ついに吉村家自信の一杯がやってきた。

オーソドックスな家系ラーメンだ。ここまででは横浜家と大きな違いはない。

問題は味だ。若き日の貴重な1時間を捧げる価値はそこにあるのか。

僕は恐る恐る麺をすすった。

うまい うますぎる

スープの濃厚さ、麺の固さ、ほうれん草のシュワシュワ度、全てが最高だ。

僕は先ほど横浜家のラーメンをあっさりしていると評したがそれは間違っていた。単に横浜家は味が薄いだけなんだ。

家系ラーメンとは本来こういう味がするもんなんだ。僕は斜に構えるがあまり家系ラーメン本来の味を忘れていた。

なぜ人は吉村家に並ぶのか。

その答えは一つ 味だ

家系ラーメンの美味さを体感する。ただこのためだけに人々は寒空の中、密をも忘れ並び続けるのだ。

飲食店は味が全てだ。

どれだけ吉村家が悪事を働らこうが、ラーメンの味さえ良ければ人々は吉村家に好評価を下すのだ。

横浜家がどれだけ値下げして、サービスを上げても、味という点で劣れば、吉村家に集客で勝つことはできない。

飲食店にとって一番のサービスとは美味しさなのだ。

僕は飲食店の本質をまざまざと見せつけられたような気がした。

いずれにせよ吉村家が美味しかったのは事実だし、人々から人気を集めているのも事実だ。

僕はこれまでアンチ吉村家を掲げ、「吉村家は大したことない」と語り続けてきたが、認識を変えなければならないだろう。

横浜の武道家と

~はいぐ~の小さな野望~ 日本一冷たい水風呂に入りたい

――サウナはいつだって人生の大切なことを僕たちに教えてくれる――

僕は以前本ブログにてサウナ素人の意地とプライドをかけ、サウナの魅力を熱く語った

この記事以降も冷めることなく、世界湯サウナほどの温度を維持した僕のサウナ熱は、僕を地元サウナ開拓へ走らせた。

街銭湯中の街銭湯「松の湯」から最新の設備がととのった「かるまる」まで

この世には開拓がいのあるサウナが至るところに溢れている。

#アナル開拓よりサウナ開拓

そんな大サウナ時代真っ只中の我が国日本に恍惚と輝き続けるサウナがある。

「ウェルビー栄」

日本のみならず、世界各地のサウナファンが愛してやまない「サウナの聖地」。

特に「日本一冷たい」と称される水風呂は関東一冷たい「かるまる」の水風呂をも下回る3℃。

サウナ開拓を志す者として必ず開拓せねばならないサウナに違いない。

このサウナに行かずしてサウナ開拓趣味を名乗るのは、指一本しか入らないのにアナル開拓趣味を名乗るようなものだ。

僕は「ウェルビー栄」開拓を決めた。

大寒波吹き荒れる12月某日

僕はあえて睡眠の取れないであろう夜行バスに乗り込み「ウェルビー栄」のある名古屋へ向かった。

移動自粛要請なんてどこ吹く風。社内は満員御礼。老若男女で溢れかえっていた。

さしたる観光地もない名古屋になぜこれほどまでの人々が苦しい思いをして夜行バスに乗り込むのか。

夜行バスの到着予定は朝6:00。この時間では名古屋自慢のグルメショップたちも目覚めていない。

そうなると答えは一つ 「ウェルビー栄」だ。

ここの乗客たちはみな早朝から空いている「ウェルビー栄」を堪能し、夜行バスでの不眠を補う快眠を果たすのだろう。

恐るべしサウナ熱。

やはり大サウナ時代到来は間違いではなかった。

夜行バスに揺られること約6時間。

僕たちを載せたバスは予定通り、名古屋駅近郊に到着した。

極寒の早朝名古屋に降ろされた乗客たちは熱を求め、ものの数分で「ウェルビー栄」方面へと消えていった。

サウナを求める人々のあまりのスピードについていけず、一人バス停に取り残されてしまった僕も一流サウナ通のアラタと何とか合流し、「ウェルビー栄」への歩みを踏み始めた。

三流名古屋メシ「なか卯」での休憩も挟んで歩くこと30分、聖地「ウェルビー栄」が姿を表した。

外の写真を撮るのを忘れたのでTシャツでご容赦下さい。

ビジネスホテル風の3階建てビル。

外観だけでいえば「聖地」には程遠い。

しかしサウナは見た目だけで決まらないことは小綺麗な外観にも関わらず、ハッテン場に成り下がった某マー湯が教えてくれた。

きっとこの「ウェルビー栄」には僕たちを驚かせてくれる「聖地」があるのだろう。

僕たちは期待に胸を膨らませて、「ウェルビー栄」に入店した。

受付を済ませ、すぐさま脱衣場へ。

男性専用にも関わらず、頻繁に脱衣場を往復する若女性店員にイチモツを見られつつ、足早に着替えを終え、浴場へ向かった。

浴場の広さは松の湯約3個ぶんほどとそれほど広くはなかったが、内湯1つにサウナ2つ、水風呂3つというこだわりのインテリア。

流石は「聖地」。ここはあくまでサウナを楽しむための場所だという主張がビンビンに伝わってくる。

そしてお目当ての「日本一冷たい水風呂」。

浴場奥に佇む2重扉の先に厳重に閉ざされ、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。

「これからここに入るのか」

僕は先ほどまでの期待が不安に変わるのを感じつつ、穢れた身体をシャワーで流した。

落ち着け。どんなサウナであってもやることは変わらない。

水風呂に入る前にはまず体を限界まで火照らせる。

「ウェルビー栄」には高温サウナと森のサウナという二種類のサウナがあった。

一流サウナ通アラタの「森はぬるい」というビックマウスもあり、僕たちは95℃のサウナに火照ることになった。

熱い!

冷静に考えればサウナ開拓にはまっていたのは主に11月。最後にサウナに入ったのも11月末、準備不足は自明の理であった。

僕はものの6分ほどで限界に達し、まだ火照りたげなアラタと共にサウナから出た。

”どんなサウナであってもやることは変わらない”

サウナで火照った後に待っているイベントはただ1つだ。

僕たちは高揚と不安に苛まれながらゆっくりと歩みを進めた。

待ち構える異質な2重扉。

サウナでの実力を証明し、自信ありげに先頭に立ったアラタが扉を開けていく。

寒い! 

アラタが2枚目の扉を開けた瞬間、凄まじい冷気が僕たちを襲った。

一説にはマグロ冷凍庫と同じ冷凍設備を使用しているらしいというこの水風呂。

流石は「日本一」期待を裏切らない。

あまりの冷気に畏れをなしたアラタは先ほどまでの自信が嘘のように、後ろへと下がった。

消去方的に先頭に躍り出た僕はこのまま戻る訳にもいかず、水風呂に足を踏み入れた。

その瞬間待っていたのは寒さでも、冷たさでもない。

痛みだ。

体の悲鳴がこもった痛み。

ルーティンを果たすために、痛みをこらえ肩まで水に浸かるとその痛みは全身に広がった。

身の危険を感じた僕たちは時間を数える間もなく、凍った手すりをつかみ、我先にと水風呂から飛び出した。

なんだあの水風呂は

サウナでじっくり限界まで火照らせた僕の体はたった数秒の水風呂で「冷」へと変わった。

恐るべし「ウェルビー栄」

僕たちの高い期待を大きく上回った。

しかし本当に恐ろしいのは水風呂だけではなかった。

どんなサウナであってもやることは変わらない。それがたとえ日本一の水風呂を前にしていても。

僕たちは先ほどあれだけ恐ろしい体験をしたのにも関わらず、すぐさま2セット目のサウナへと向かった。

水風呂がどれだけ冷たかろうが、1セットで終わることはできない。

真に恐ろしきサウナ開拓者の性だ。

その後も僕たちはサウナ→水風呂のルーティンを繰り返した。

次第にサウナの熱さには僕も慣れ、8分~10分の間耐久できるようになった。

一方で水風呂の痛みには最後まで慣れることができず、せいぜい10秒浸かるのが限界点であった。

この10分じっくり火照り、10秒一瞬で冷えるというルーティン。

どこかで経験したことがあるのではないか。

その「どこか」が何なのか。サウナ耐久中の回らない僕の脳ミソは常々この疑問に振り回されていた。

今ならはっきり言える。

このルーティンは人生そのものだ。

「積み上げるのは難しい、崩れるのは一瞬」

温かい関係を作るのには時間がかかるが、温かい関係は些細なことで一瞬にして冷え込む。

しかし「ウェルビー栄」が真にサウナと水風呂を通じて伝えたいことはこれだけではない。

冷え込んだ関係も時間をかけて温めれば最後に必ずととのう。

サウナはいつだって僕たちに人生で大切なことを教えてくれる。

「ウェルビー栄」はまさに「聖地」にふさわしいサウナであった。


はいぐ~の小さな野望 ~手作りケバブを堪能したい~

小学校時代、あるキッチンカーに僕の視線は釘付けとなった。

「ドネルケバブ」

実際に当時僕が感動していたケバブカー(現在は閉店)

見たこともない巨大な肉、ケバブサンドとかいう未知の料理、「オニイサン!ケバブドウ?」と声をかけてくる謎のトルコ人。

閉鎖的な極東の島国日本において、ありとあらゆる要素が異質なこのキッチンカーは、僕の注意を引くには十分すぎるものであった。

僕はなけなしのお小遣いから350円を出し、チキンサンドとやらを注文した。

呼び込みの元気な声からうって変わって、そっけない返事をしたトルコ人がこれまた巨大なナイフで肉を削いでいく。

あれで刺されたら即死だろう…

そんなことを考えていると、あっという間にチキンサンドなるものが出来上がり、僕の手に渡った。

サンドイッチ? ナン?

味の検討はほとんどついていなかった。

とりあえず「サンド」という名前を信じてかぶりつく。

うまい!

チキン、ソース、野菜、パン。全てが最高のバランスだった。

こんなうまいもんをどうして今まで食べていなかったのか。

当時小学生の僕は異国から来たケバブなるものに大いに感動した。

あれから10年。

僕が感動した店はいつの間にか無くなり、僕がケバブを食べることも無くなった。

既に僕の生活からケバブは姿を消していた。

しかしあの頃見た巨大な肉の残像は僕の頭の片隅の片隅に残り続けていた。

デカイ肉にはロマンがある。

過酷な就活戦争、卒論戦争を控え、ロマンを失いつつある僕の生活にロマンを取り戻すために。

僕はケバブ作りを決意した。

ケバブ作りに必要なのはやはり肉だ。

さすがはネット社会「ケバブ 肉 購入」と打ち込むだけですぐさまケバブ肉情報が現れた。

凄まじい再現度。

これは間違いなくあの頃見た巨大肉だ。

僕の心は踊った。

しかし巨大な肉には巨大ならではの問題があった。

ケバブ1人前で使う肉量は約80グラムである。

この巨大肉は最低でも10kgからの購入となり、単純計算で125人前のケバブを用意してしまう。

残念なことに僕にはケバブの感動を分かち合える友人は125人もいないし、125人分の胃袋もない。

ケバブ肉購入計画はあえなく立ち消えとなった。

ケバブ肉を購入することができるのはこのご時世でも125人もの人間を集めることができる巨大な人望もしくは125人分の胃袋を持った者だけなのだ。

ケバブ肉の巨大さは人望に比例する。

身の丈に合わない巨大さは虚栄心の肥大と破滅を招くだけだ。

僕は方針を転換し、身の丈にあった巨大さを持った肉を準備した。

僕の現在の人望と胃袋を考慮すればこのサイズの肉は十分身の丈にあった巨大さであろう。

#身の丈にあった人生を

一難去ってまた一難。肉問題を解決した僕に次なる試練がやって来た。

肉の仕込み。

どうやらこのケバブとやらは適当に塩焼きすれば良いという訳ではないらしい。

「ケバブ肉 仕込み」と検索すると難解なレシピが現れた。

クミン? オレガノ? なんやそれ

僕の家はあいにく香辛料専門店ではない。

家にある香辛料といえばせいぜい胡椒ぐらいである。

パイナップル? なんやそれ

僕の家はあいにくフルーツ専門店ではない。

家にあるフルーツといえばせいぜいみかんぐらいである。

玉ねぎ? なんやそれ

僕の家はあいにく青果店ではない。

家にある野菜もいえばせいぜい長ネギぐらいである。

相次ぐ食材の不足。

いかにしてこの不足を補うか。 僕は冷蔵庫をしらみ潰しに探した。

すると冷蔵庫の奥底にまさしくケバブのためとも言える万能調味料があるのを発見した。

ピエトロドレッシング

主原料 オリーブオイル、酢、玉ねぎ、香辛料

完璧だ。ケバブ肉に必要な要素を網羅している。

これからはケバブ汁に名前を変えるべきであろう。

僕はこの万能ケバブ汁とその他もろもろの調味料を混ぜ合わせ、仕込みタレを精製し、肉塊を放り込んだ。

茶ピンク色という全く食欲をそそらないルックスだが、どうやらケバブとやらはこんなもんで良いらしい。

僕はこの茶ピンクの肉塊を冷蔵庫に放り込んだ後、己の肉塊もベッドに放り込んだ。

明くる日の正午。

僕は眠い眼をこすりながら、冷蔵庫から肉塊を取り出した。

ルックスに特に変化は無い。

ただ「一晩浸けた」という行為がなんとなく美味しくなったのではと感じさせる。

あとは火を入れるだけだ。

いやちょっと待てよ

このままただフライパンで焼くだけで良いのか。

僕はロマンを感じるためにケバブを作り始めたのだ。

はいぐ~の小さな野望はただの焼き肉ではない。

僕は忘れかけていた本企画の趣旨を再び思い出した。

しかしフライパン以外でいったい何を使って焼けば良いのか。

ごくごく平凡家庭のはいぐ~家にはもちろん屋台で使われるケバブ焼き器はない。

いやある。

一つだけケバブ焼き器が。

リビングに堂々と鎮座し、日々はいぐ~家を焼き続ける熱き鉄塊。

その熱量たるもの本場のケバブ焼き機にも決して劣らないはずだ。

僕はこの鉄塊の温度を最熱に設定し、ケバブ肉を近づけ、屋台風に回転させた。

熱い。凄まじい熱さ。このまま近づきっぱなしでは僕のほうが先にケバブと化してしまうだろう。

そんなこと言ってはケバブを焼くことはできない、僕はじっと熱に耐え、肉を回し続けた

回すこと10分、僕は自らの熱耐性に限界を感じ、焼けてきていることを信じ、肉を確認した。

                  生

あれだけの熱に曝されたのにも関わらず、ケバブ肉に日が通った痕跡は無し。

#肉回る、されど焼けず

これまでの僕の10分間はいったい何だったのか。

ただストーブの前で肉の着いた箸を回しただけだ。

僕の徒労を嘲笑うウサギ(画面右下)

僕は凄まじい徒労感を抱いた。

しかしそれと同時にあれだけ巨大な肉をこんがりと焼き上げる屋台のケバブ焼き機の火力に恐怖を覚えた。

あの機械の隣で何事もないかのようにケバブ肉を切り落とすトルコ人。

彼らはきっと血の滲むような努力を重ね、ケバブ焼き機の隣で作業ができるくらいの熱耐性を獲得したのだろう。

ケバブロマンというのは僕のような素人が突然獲得できるものではないのだ。

僕は自らの甘さ、弱さを痛感し、そっとストーブを消し、キッチンへ移動した。

ps 手作り肉塊焼きは美味しかった。

1匹のアジ

「日本は貧しくなった」

1億総貧困時代と揶揄される現代日本社会でしばしば取り上げられるようになったこの言葉。

1人あたりのGDPが下がったから貧しくなっただとか理由は探せば山ほど出てくる。

生産力低下=貧しくなった

本当にそうなのか

僕はこの「日本は貧しくなった説」は間違っていると思う。

なぜ間違っているのか

百聞は一見に如かず。

まずは都内某所で撮影されたこの写真を見て頂きたい。

アジだ。

道路の真ん中に理路整然と置かれた1匹のアジ。

なぜ?  どこから? 

疑問は次々と沸いてくる。

ただ一つ言えるのは一匹のアジが放置されているという異様な光景が僕の目の前に広がっているということだ。

僕は配達中のウーバー案件も忘れ、しばらくこのアジを観察した。

飲食店の仕入れ中にトラックから落ちたのだろうか。はたまた誰かが猫にでもエサをあげようと設置したのか。

考えに考えても結論は出ない。むしろ新たに生まれた疑問が僕を襲った。

なぜ僕はこのアジを眺めているのか

この世に鑑賞目的でアジを飼っている者は恐らくいない。

アジは間違いなく「食」の対象であり、鑑賞の対象ではないはずだ。

しかし僕を含めた街の人々はこのアジに奇妙な視線を浮かべるばかりだ。

このアジを拾おうとしたり、ましてや食べ始める者など一人もいない。

これがもし今日を生き抜くための食糧を確保するのに苦心する国であったらどうだろうか。 

食に飢え血走った目で落ちたアジに向かって我先にと飛び込んでいるだろう。

アジの写真を撮ろうとした僕は貴重な食糧をみすみす逃した愚人として激しい罵倒を受けるだろう。

しかし現在日本という国ではそのような状況にはならない。

道端に落ちた奇妙なアジに不安を感じられる心と生活の余裕がある。

僕たちは豊かだ。

道端に落ちたアジを食べなくても、居酒屋で紙切れを渡せば美味しいアジフライが食べられる。

本当に日本が貧しくなった時、僕たちに「貧しくなった」と言っている余裕はない。

ただ目の前のアジに全力で飛び込むことしかできないのだ。

万物は反射神経である 2

真に良いアイデアは、
ほとんどの人にとってひどいものに
見えるだろう。
そうでなければ誰かが既にやっている

ポール・グラハム

TOEICに通じる反射神経を鍛える上で多くの人々が思いつくのはやはり単語暗記であろう。

そんなことは気の緩みきった試験前の僕ですら容易に思いついており、実際に単語帳を作って何度も復習をしていた。

結果はどうだ?

基本に忠実な勉強法では反射神経を高めるには至らず、15問の空白を産み出した。

誰もが思いつくような方法ではダメだ。

「英語への反射神経」に囚われているから英語に関係するアイデアしか浮かばないんだ。

僕は一旦’英語’という概念から離れ、解決策を模索した。

反射神経を高めるためには?

反射神経を必要とするものは?

反射神経とは?

一通り考え抜いた僕の頭にあるアイデアが浮かんだ。

バッティング

そうだバッティングだ。

唐突に飛び込んでくる高速の球体に全身で反応するバッティング

これほど反射神経を鍛えるのに適した方法はないだろう。

英語とバッティング。

一見無関係に覚える二つの事柄がいま繋がった。

バッティングに強い可能性を感じた僕はすぐさま近隣のバッティングセンターを調べ、ある興味深いバッティングセンターを発見した。

「バッティングセンターブンブン」

素晴らしい名前だ。おそらくこの「ブンブン」という名称は「(英)ブン(英)ブン」という意味であり、バッティングを通じて英文読解力が上がるということを示唆しているのだろう。

やはり英語とバッティングには何か関係性がある。自らの仮説に自信を深めた僕はすぐさま「バッティングセンターブンブン」に向かった。

東急東横線菊名駅から徒歩13分。「バッティングセンターブンブン」は閑静な住宅街のど真ん中に堂々と鎮座している。

中に入ると既に英語の成績に困っていそうな野球少年たちが黙々とバットを振っていた。

彼らも英語の成績向上を願ってこのバッティングセンターに通っているのだろう。

彼らの真面目な姿に刺激を受けた僕は早速ゲージに立ち、バッティングを開始した。

当たらない。

100kmそこらの棒玉に僕のバットはことごとく空を切った。

辺りを見渡せば周りの少年たちは次々と快音を鳴らしている。

すごい。彼らはみなTOEICスコア900越え揃いに違いない。

こうして周りに感嘆しつつも簡単に空振りを重ねているとあっという間に1ゲームが終了した。

やばい。これでは反射神経のトレーニングどころではない。

100kmのボールにすら反応できない男が1000文字以上の英語に反応できるはずがない。

僕はどうすればボールに反応できるか考えた。

ふと昔観ていた2chの野球応援スレッドに「坂本勇人選手のフォームが打ちやすい」という書き込みがあったのを思い出した。

つい先日2000本安打を達成した坂本選手のフォームなら、1000文字、いや2000文字の英文にも反応できる反射神経を得られるに違いない。

僕は藁にもすがる想いで坂本選手のフォームを確認し、頭に叩き込んだ。

そして再度ゲージに立ち、彼のフォームの代名詞である高く足を上げてボールを待った。

カキーン!

これまでの不振が嘘のように鋭い打球が左後方へ飛んでいった。

打てる。打てるんだ。

自信を獲得した僕はその後も強い打球を連発した。

一通り打ち終えた僕は100kmゲージの隣に140kmゲージがあるのに気づいた。

僕は迷った。

このまま気持ち良く打つのであれば100kmだろう。

いや違う。

今日はストレス発散のために来ているのではない。反射神経強化のために来ているのだ。

140kmすら反応できないようでは、TOEIC9割など夢のまた夢であろう。

#打てっこないを打たなくちゃ

坂本打法への自信と未知なる140kmへの恐怖。

二つの相反する感情を抱え、僕は打席に入った。


速い 速すぎる。

僕が大きく上げた足が地面に着く間もなく140kmの火の玉ストレートが突き刺さった。

テレビであれだけ遅く見える140kmがこんなにも速いとは。 

この速さの玉をいとも簡単に打ち砕くプロ野球選手の反射神経には感服せざる負えない。

その後も僕はさっきまでの快音が嘘のように空振りを連発した。

僕は自らの反射神経不足から足を大きくあげる坂本打法への限界を感じ、よりタイミングのとりやすいすり足の元阪神マートン打法に切り替えた。

マートン打法に切り替えたことにより、超降り遅れが減り、バットにかするようになった。

しかし素人のすり足打法は実質ただバットを振り下ろしているだけに過ぎない。パワーを失った僕のスイングはことごとく140kmの球威に負け、バックネットに次々とボールが溜まっていった。

ファールチップと空振りを重ねること数十球。

ついにその瞬間はやってきた。

例のごとくマートン打法でボールを待つ僕、これまた例のごとく無慈悲に白球を投じるマシン。

僕は運動不足からなる腰の痛みにも耐え、必死にバットを降った。

ゴツン

鈍い金属音と共に宙に舞った白球は、僕が打球の行方を追う間も与えず、1メートル前に力なく落ちた。

手元を見るとバットの柄の部分に白い跡がついていた。

完敗だった。

僕の反射神経は所詮100kmレベルでしかないのだ。

この程度の反射神経では15問残しも無理はない。

前述した元阪神マートン選手は圧倒的な反射神経でプロ野球安打記録を達成し高額な年俸を得るだけでなく、TOEICスコア900以上を記録可能な高い英語力も獲得していた。

優れた反射神経を獲得することはバッティングだけでなく、英語力向上、収入増加にもつながるのだ。

これらの例からもいかに人生において反射神経が重要であるかよくわかるだろう。

僕の反射神経はまだこうした一流反射神経者に遠く及ばない。

世界の全てを獲得するために。

僕は今日もバットを振り続ける。

万物は反射神経である 1

万物は反射神経である。

これは2020年11月、僕が出した結論の一つだ。

なぜ反射神経なのか。

これから綴る内容を読めばあなたも理解できるはずだ。

僕は先日TOEICを受けた。

就活に使えそーとか英語力測りたーとかいう安直な理由からだ。

もちろん勉強はしていたが、留学後のワンチャンスに掛けていたHSKに比べて気の緩みは明らかだった。

こうした緩みは試験当日にしっかりと表れた。

僕は試験の必須品とも言える時計を忘れてしまったのだ。

時計の無い試験会場と豪勢な時計をテーブルに誇示する受験者たちの姿を目の当たりにし、一瞬焦りを覚えたが、「10分前になったら試験官が教えてくれるだろう」という安易な想定に身を委ねてしまい、その時はあまり深く考えなかった。

若干の不安を覚えつつ試験は始まった。

人間とは不思議なもので不安があろうが、気が緩もうが、試験が始まった途端に忘れてしまう。

僕もその例外ではなく絶え間なく現れる英語と格闘しているうちに時計のことなどすっかり忘れてしまっていた。

そして試験も残すところあと15問。

「以外といけたんじゃね」

そんな考えがちらほらとよぎる頃だった。

‘試験を終了します。解答を止めてください’

!?

終わり!?

10分前コールは?

初老試験官の無情な宣言により試験は突然終了した。

唖然とする僕を尻目に初老試験官は手際よく試験用紙を回収していった。

僕が最初に覚えた感情は怒りだった。

試験終了10分前を告げない初老試験官への怒り、腕時計を忘れた自分への怒り。時計を置かない試験会場への怒り。

しかし僕はこれらの怒りが全て的外れであることにすぐに気がついた。

何が一番悪い?

全ては僕の英語力不足だ。

全ては僕の読解速度の遅さだ。

試験官、試験会場、腕時計 仮に全部理想であっても15問落とす事実は変わりないのだ。 

ではなぜ長文読解が遅いのか。

長文読解の肝は大量の英文と英単語に対して素早く反応して理解することである。

いわば英語への反射神経力は読解力に直結する。

僕にはこの反射神経が圧倒的に足りていなかった。

反射神経を高めなければ、時間内に全ての問題を解くことはできない。

僕の反射神経強化訓練がここに始まった。

続く

サウナ道~男たちの戦場~

サウナ そこは男の戦場。

数々の修羅場をくぐり抜けてきた

屈強な男たちが己の限界に挑戦する…


僕は生まれて22年間、いまだ理解できずにいた問いがあった。

なぜ人はサウナに魅せられるのか。

近年男たちの間でサウナ活動は「サ道」「整う」といった言葉と共に流行を博している。

僕はこの流行に強い疑念を持っていた。

僕は夏場の売りセンで部屋に入った途端、エアコンを最低温度にまで設定する男たちの姿を通じて、いかに男たちが暑さを嫌っているかを知っている。

もちろんサウナは暑い。

ではなぜ暑さを異常に嫌う男たちが暑いサウナを愛好するのか。

また「整う」という言葉も僕にはいまひとつ理解の及ばない概念であった。

一説によると高温のサウナと低温の水風呂を交互に入ることで「整う」という境地に達することができるらしい。

サウナを訪れるのは脂ぎった男たちが多数を占めている。

自らの脂ぎった身体すら整えられないのになぜサウナと水風呂を往復しただけで「整う」のか。

サウナについて考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。

おっさんを制する者が人生を制する

今後社会の荒波をくぐり抜けていくためには、金と権力を持つ男たちのトレンドに敏感になり、友好な関係を築くことが重要だ。

男たちのトレンドを理解する一環として、サウナの良さを知る必要があるかもしれない。

百聞はサウナに如かず。

僕は実際にサウナへ足を運ぶことにした。

早速サウナの情報を調べてみると、なんと横浜市に関東一冷たい水風呂を自称するサウナがあることを発見した。

その名もヨコヤマ・ユーランド鶴見 

スーパー銭湯元年と呼ばれる平成2年にオープンしたといういかにも脂ぎった男たちが集まりそうなサウナである。

僕は行き先を定め、電車とバスを乗り継ぎサウナへ向かった。

(ちなみにヨコヤマユーランドの水風呂が9度なのに対し、池袋かるまるの水風呂は7.6度なので、関東一冷たい水風呂はデマである)

出発から約30分、目的地に到着したという表示を確認し、顔をあげるとそこには若者を拒絶するかのような昭和の香り漂うスーパー銭湯があった。

ここは間違いなく男たちの巣窟だ。

僕はすぐに受け付けを済ませ、脱衣場へと向かった。

脱衣場に若者の姿は無かった。

恐らく平均年齢は50を越えているだろう。

男たちのトレンド検証にはぴったりだ。

そんなことを考えながらあられもない姿になった僕はサウナとの戦闘の準備を整えるために、スーパー銭湯名物の温泉に浸かることにした。

温泉にはぬる湯と熱湯があったが、丁度良い湯は無かった。

温泉に浸かっている間も、僕の視線は常に数々の湯を押し退け中央に鎮座する水風呂と次々と男たちが消えていくサウナに注がれていた。

サウナには何があるのか。

好奇心から来る高揚感は温泉以上に僕の身と心を温めた。

戦闘準備を整えた僕はサウナの扉に手をかけた。

そこには僕の想像を越える光景が広がっていた。

10畳そこらのサウナに脂ぎった男たちが所狭しと座っていた。

その息を切らし、汗を垂れ流す男苦しい様子は北京ゲイサウナを彷彿とさせた。

形の違いはあれサウナで見られる光景はどこも同じなのかもしれない。

僕は唯一空いていた一番熱い釜戸前に座り、男たちを観察した。

びっしょりと汗を流しじっと俯く男、息を切らして天を見上げる男。ひたすらに時計の針を見つめ、出る時間をいまかいまかと待つ男。

実に多様な男たちの姿がそこにはあった。

彼らみな己と戦っていた。

少しでも長くこの場にとどまろうと。

しかしまだ僕には彼らが戦う理由は分からなかった。

何のために? 何が楽しい?

そんな疑問を浮かべているうちにも釜戸の熱線は容赦なく僕を照りつけた。

僕は己の限界を感じ、一旦外へ飛び出した。

「水風呂無くしてサウナ語るべからず」

サウナ前には冷に餓えた男たちを待ち構えるかの如く、青々とした自称関東一冷たい水風呂が鎮座していた。

今までの水風呂はせいぜい15度そこらだった。

9度の水風呂は明らかに未体験ゾーンだ。

僕は近くのシャワーを浴びて水風呂の前に陣取った。

正直全く入りたくなかった。

しかしどこかのウメハラが言っていた「自分が嫌なことをやらなきゃ意味がない」という言葉が僕を奮い立たせた。

そうだ自分が嫌なことをやれ。じゃなきゃ新しい発見はない。

僕は意を決して水風呂に足を踏み入れた。

ヤバい。エグい。

水風呂に入り肩までつかると、僕は全身の筋肉が一気に引き締まるのを感じた。

氷水にいきなりぶちこまれる魚はこんな気分なんだろう。

僕は実の危険を感じ、15秒を経たないうちにすぐさま飛び出し、熱を求めてサウナへ逃げた。

なんだあれは。

サウナに逃げ込んでしばらく立ってもふくらはぎの張り詰めた感覚が残っていた。

あんなのにここの男たちは入り続けているのか。

僕は彼らに尊敬と畏怖の念を覚えた。

水風呂を経たからであろうか。

僕は最初に入った時よりもあまりサウナを熱く感じず、気づいた時には最初の倍近い時間サウナに滞在していた。

僕はここである新しい感情に出会った。

達成感だ。

以前よりも長い時間サウナにいたことから、自らの耐久力向上を実感し、僕は達成感を覚えていた。

ただ座っていただけなのに、自分が成長した感覚があった。

その感覚は僕がここ最近で得られていないものであった。

なんだこれは。

その後僕は意識的にサウナと水風呂を前回よりも長く入るように心掛けた。

10秒 20秒 30秒

3分 5分 7分

時間を意識することで圧倒的に苦しさは増した。

しかし自らの目標時間をクリアした時、確かに達成感と爽快感を得ている僕がいた。

これだ。

この感覚こそが世の男たちを魅了しているんだ。

サウナに訪れる男たちは圧倒的に中年以上が多い。

彼らは生活の中で、日々自らの衰えを感じ続けている。

人生のピークを終え、自らに迫り来る老いを淡々と待つ生活は残酷極まりない。

そんな中、彼らはサウナで「耐える」という単純な行動を通じて、自らの限界を越え、成長を感じる。

彼らにとってサウナは老いを感じ続ける日々に抗い、成長を目指すことのできる数少ない場所なのである。

ここはスーパー銭湯じゃない。

スーパー戦場なんだ。

無情な老いに抗う男たちが己の限界と戦う汗と涙の戦場なんだ。

そのことに気づいた僕の男たちへの印象は完全に変わっていた。

確かに彼らはみな脂ぎった体をしているかもしれない、しかしその体の中には老いてなお成長を目指すのを止めない屈強な精神力があるのだ。

僕にはこの男たちのような屈強な精神力はまだない。

サウナは人を強くする。

サウナの底知れる可能性を知ったサ道体験だった。




ただ釣りの幸せを味わいたかったんだ

世は空前の釣りブームだ。

三密回避なんてどこ吹く風。

首都圏の数少ない釣りスポットには大漁という情報に釣られた釣られ釣り師たちが狭い釣り場に密集している。

よほどの大漁情報でなければ釣られることのない端くれ釣られ師の僕でも昨今の釣り熱は無視できないものであった。

釣り 大漁 自捌き 唐揚げ 幸せ

間違いなく幸せだ。

既に釣りの誘惑は僕の目の前に来ていた。

このまま簡単に釣られて良いのか。

僕は空前絶後の絶好餌を前にありったけの理性を振り絞り立ち止まった。

このまま誘惑に釣られて待ち構えているのは、わずかな釣り可能スペースに大漁の釣られ師が集まることによってできる密だ。

密は釣りの快適さを奪う。

他人の仕掛けが絡んだ暁には釣りの幸せは一瞬にして消え失せる。

では釣られ師がいないのはいつだ。

考えるまでもない。

雨だ。

釣られ師たちの多くは晴れた空の大海原で快適に釣りをするという誘惑に釣られている。

雨=海は危険 と考える思考停止釣られ師たちは雨の日には姿を現さないはずだ。

雨の日こそ愚かな釣られ師たちがいない最も快適な釣り日であるに違いない。

こうして僕は釣り=晴れという定石を破壊し、雨の誘惑に釣られる決意をした。

#逆張り人生

10/15 (木) 雨 

その日は予報通り昼過ぎから冬の気配を感じる冷たい雨が降っていた。

僕は魚が一番釣れるとされる夕方に狙いを定めた。

僕は来たる大漁に備え竿、クーラーボックス、巨大リュックと大量の荷物を抱え、電車に乗り込んだ。

電車内には仕事や学校を終え、疲れた様子で佇む非釣られ師の姿が目立ち、釣り道具を抱える者の姿はなかった。

奴らは「今日は雨で外で何もすることがないから家に帰ろう」とでも思っているのだろうか。

違うだろ。

雨だからこそ外に出るんだろ。

雨だからこそ空いてるんだろ。

雨に怯え思考を停止する人々を見て、僕は自らの判断への自信を深まっていくのを感じた。

電車とバスに揺られること1時間。

僕は目当ての磯子海釣り施設にたどり着いた。

まるで釣られ師の来訪を拒むかのような激しい雨が降りしきっていたが、僕の予想通り釣り場は一部の熱狂的釣られ師を除き、閑散としていた。

僕はカッパタイプのユニフォームに身を包み、手早く準備を終え、釣りを開始した。

釣り開始後わずか数分、すぐさま僕の竿が大きく揺れた。

慎重に引き揚げると竿先には小さなアジが釣れていた。

僕はこの時本日の大漁を信じて疑わなかった。

どうだこれが逆張りの力だ。

僕は釣れたアジをすぐさまバケツに移し、再び竿を投下した。

回遊魚のアジは群れで行動するので、一度釣れ始めると止まらない

はずだった。

1分釣れない 5分釣れない 10分釣れない。

1匹目の釣り上げから完全に当たりが止まった。

気づいた頃には辺りは完全に暗くなり、帰る人々も目立ち始めた。

なぜだ。なぜ釣れなくなったのか。

僕は仕掛けを変え、餌を変え、必死に手を尽くした。

しかしそんな僕の姿を嘲笑うかのように魚は一向に姿を現さず、ただ時間だけが無情に過ぎた。

必死な時間はあっという間に流れ、閉園時間の18時を迎えようとしていた。

釣り番組だったらここから大逆転が起きるのだろう。

しかしここは現実世界だ。そんな夢のような出来事は起こらず、淡々と釣り時間は終わった。

釣果 アジ1匹

今日という1日はいったい何だったのだろうか。

僕はただ徒に雨に濡れ続け、このアジ1匹に数千円もの費用を払ったのだ。

これが釣りだといえばそれまでなのだろうか。

片付けの際、僕の脳裏には数々の疑問が浮かんだ。

帰り際に釣り施設の職員から釣果を尋ねられた。

アジが2匹と答えた。


ただ空を飛びたかったんだ

僕は9月1日~3日まで関西を旅行した。

腐るほど訪れた気のする関西へ大学4年にもなって何故旅行したか。

それはひとえに「空を飛ぶため」に他ならなかった。

8月はウメハラの月だった。

バンジージャンプ 釣り 飲み会 八ヶ岳 インターン

彼は溢れるバイタリティーを放出し、暴虐の限りを尽くしていた。

このご時世、思うように活動できず苦しむ人もいる中、暴虐無慈に人生謳歌ハラスメントを行うウメハラは明らかに全世界の脅威となっていた。

そんな彼が唯一取り残した活動があった。

スカイダイビング。

目には目を 歯には歯を。

僕たちがスカイダイビングを先に決行し、ウメハラに人生謳歌ハラスメントの苦しみを味あわせる。

僕は時同じくウメハラの活動に狂気を覚えたタカオカアラタと共に、ウメハラ討伐スカイダイビング隊を結成した。

僕たちは早速国内のスカイダイビングスポットをしらみ潰しに探し、都内近郊にキャンセル待ちスポットを見つけ、すぐさま予約を試みた。

しかしこれはウメハラの罠であった。

数日後、僕たちが予約を入れようとしたスポットから「予約は出来ない」という旨の連絡があった。

恐るべしウメハラ。

彼は僕たちに先を越されないように、都内近郊の全てのスカイダイビングスポットに対して、海谷という者が来た際に「予約ができない」と伝えるようにと指示を出していたのだろう。

僕たちはウメハラのハラスメントに懸ける思いをまざまざと見せつけられた。

意気消沈するなか、タカオカアラタがこんな提案をした。

「兵庫にできるとこありますよ」

兵庫。かのタカオカアラタが産み落とされた忌々しき地。

なぜいまさら兵庫を訪れなくてはならないのか。

しかし悩む暇はなかった。

この瞬間にもウメハラは次なるハラスメントへの策略を考えている。

関東に海谷スカイダイビング禁止網を張ったウメハラも流石に関西に目を向けてはいないだろう。

こうして僕は兵庫行きを決めた。

兵庫といってもタカオカアラタの推したスカイダイビングスポットは人里離れた山奥にある。

ぬくぬくと実家の愛を享受し尽くすタカオカアラタはまだしも、実家の愛から離れる僕にとって兵庫の山奥はあまりにも遠い。

僕は前日に姫路の宿を取り、万全の準備をしてスカイダイビングに望むことにした。

9月1日 天気 快晴

僕は兵庫へ旅立った。

思えば関東圏から飛び出すのは半年ぶりだ。

18切符名物静岡地獄ですら今回はどこか楽しく感じた。

電車を抜ければ大空が待っている。

見渡す限りの青空。ジェットコースターでは決して味わうことのできない永遠と続く浮遊感。

僕は車内で何度もスカイダイビングのイメージを膨らませた。

「中文 空を飛ぶ」

そんなストーリーが出来た暁にはウメハラは嫉妬と羨望の眼差しを向けるに違いない。

出発から7時間、僕はついに米原に降り立ち新快速に乗り込んだ。

関西へ近づくに連れ、さらに気分が高揚していくのが自分でも分かった。

国内旅行も悪くないな。

そんな時ふと携帯を見るとタカオカアラタからの着用があった。

嫌な予感がした。

僕は恐る恐る用件を聞いた。

体の力が一瞬で抜けた。

これまでの高揚は何だったのか。

自らの人生計画を達成するためなら、天気を変えることをも厭わないウメハラに畏怖の念を抱いた。

恐ろしい。ただただ恐ろしい。

僕たちのスカイダイビング計画は消えた。

その時残されたのは既に予約を取った姫路のホテルだけだった。

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