「哀愁」カテゴリーアーカイブ

100万ドルの夜景を観た次の日に10万円を失った

それはたった2時間あまりの出来事だった。

僕は全財産の半分である10万円を失った。


きっかけはほんの少しの出来心であった

僕は今回6月7日から9日にかけての3日間、香港周辺に滞在していた。

7日 昼 深セン観光 夜 ピンポンマンション

8日 昼 バナナ配布&釣り 夜 夜景

といった具合で8日までの予定は簡単に決まった。

さて9日に何をするか。

流石に香港も3日目となると少し飽きてくる。

深センはもう行ったし…。

そう悩んでいた僕にある危険な選択肢が浮かんできた。

マカオ

「マカオ行ったことないし、せっかくだから行ってみよー♪ カジノでお金増やせたらラッキーだし♪」

僕の行き先はマカオに決まった。

周辺地図

そして運命の6月9日がやって来た。

僕は前日、夜遅くまで100万ドルの夜景を見ていたので、11時ごろに起床した。

100万ドルの夜景として有名な香港ビクトリアピークからの眺め

すぐに荷支度をして、宿舎を出る準備をしていると宿舎のおばさんが、中国語で「近くで政治パレードをやるから見てきたらどう?」と話しかけてきた。

僕はせいぜい地元のお祭りぐらいの規模なのだろうと思って あまり深く考えてはおらず、適当におばさんをあしらって宿舎を出た。

後で調べて驚いたのだが、おばさんが語っていた「政治パレード」はこの日偶然、香港で行われた史上最大級のデモだったのだ。https://news.yahoo.co.jp/pickup/6326196


このデモにコスプレで参加したらどうなっていたことやら。

僕は貴重なチャンスを逃してしまった。

あの時 素直におばさんの指示に従っていれば…

話を元に戻そう。

宿舎を出た僕は適当に昼飯を済ませ、すぐにマカオ行きのフェリーへ乗った。

適当な昼飯
適当なフェリー (奥)

僕はフェリーに乗っている時、カジノ情報を読み漁った。

ポーカー ブラックジャック ルーレット スロット。マカオには実にたくさんのゲームがある。

これだけ多くのカジノゲームを作り出す人間のギャンブル欲の凄まじさを改めて痛感した。

この多種多様なゲームの中で、僕の興味をひときわそそったものがあった。

「大小」だ

「大小」とは簡単にいうと3つのサイコロを同時にふり、出た目の合計が11以上の「大」か11未満の「小」かを当てるゲームである。

当たると賭け金は倍になり、外すと掛け金は没収される。

詳しいルールはこのサイトに乗っているので気になった人はぜひ見てほしい。

僕は知識など一切関係なく、ただ「大か小かをかける」という「大小」の強いギャンブル性に完全に魅了された。

僕はこの「大小」に関するブログを漁った。

すると、あるカジノで初心者が大小で大勝利を収めたという記事が僕の目に留まった。https://macaupackers.com/casino_episode1/

この記事の執筆者はなんと「大小」で1000香港ドル(15000円)をたった1時間ほどで、6000香港ドル(90000円)まで増やしたと語っている

彼の理論はこうだ。

「カジノ側は客に大きな利益をあげさせたくないから、大勢が同じ所にかけた場合は、その逆が出るように仕組んでいる。よって大小の必勝法は賭け金が大か小のどちらかに偏った時にその逆をかける。 」

僕はこの理論を聞いてとても納得した。

実際に勝っている人間が言うのだから信頼できる。

この理論さえ知っておけば、もう勝ったようなもんだ。

10万手に入れたら、何に使おうか。

あらゆる労働をやめて、これからはカジノで食っていこうか。

「マカオカジノ必勝法」なんてブログでも書こうかな~

僕はすっかり勝った気になって、不純な妄想を膨らませていた。

こうして僕がありもしない空想に更けていると、あっという間にフェリーはマカオに到着した。

マカオに降り立った僕はすぐに例のブロガーが勝利したと伝えらている五ツ星ホテルシェラトンマカオに向かった。

そして着いたシェラトンマカオはカジノからレストラン、さらには巨大なホールまで兼ね備える大変豪華な建物だった。

しかし この時僕の頭の中はカジノに侵食されていたため、写真をとる余裕などなく、ただただ道行く人々に「where is casino?」と聞き続けていた。

そして 心優しいホテルマンたちに助けられ、僕はついにカジノの扉を叩いた。

カジノ内撮影禁止のため 内部の写真はこれだけです。
実際にこの写真を撮ってる時に注意されました。

カジノ内では夕方にも関わらず、多くの人々が血走った目で必死にゲームの行方を追っていた。

彼らの真剣な姿は僕の賭博欲求に火をつけた。

「賭けたい 賭けたい 賭けたい」

僕はすぐに両替所に向かい、会員専用ゴールドカードを作り、手持ちの600香港ドル(9000円)をチップに変えた。

会員カード(帰国後撮影)

「これがチップか」

このころまだチップを日本円計算する余裕があった僕は1枚1500円という破格の100ドルチップの重みを強く感じていた。

そしてこの6枚のチップを握りしめ 僕は「大小」が行われるフロアに向かった。

案の定「大小」には多くの人々が集まり、至るところで悲喜こもごもな歓声が上がっていた。

撮影禁止なのでイメージ

しかし僕はここである重大なミスに気づいた。

ここの「大小」の最低賭け金は300香港ドルだった。僕の手持ちは600ドルしかない。

つまり僕は最低2回しか賭けに参加することができない。

ただ今の僕には最強の「理論」がある。

僕の持ち金が足りないことなんて、何の問題でもない。

僕は先ほど紹介した「大勢が賭けた方の逆側に賭ける」を実践する機会をうかがった。

するとすぐに 「大」の側に 数十枚の1000香港ドルチップ(15000円)が置かれるなど、その場にいた全ての人々が「大」の側にチップを置く瞬間が訪れた。

「チャンス」

僕は彼らの動きに反してすぐさま「小」の方に300香港ドルチップを置いた。

「しめしめ 大勢に流されるなんてバカな奴らだな」

そんなことを考えて結果を待っていた。

しかし待っていたのは驚愕の現実であった。

「負け」

電光掲示板には14の数字が掲示されていた。

自らの勝利に喜ぶ人々を尻目に、ただ一人だけ別の方へ賭けた僕の300香港ドルは虚しく回収された。

「あり得ない 何かの間違いだ」

僕は別の卓でもう一度理論を試したが、結果は変わらかった。

こうして僕のなけなしの600香港ドルは10分足らずで消えてしまった。

現金を失った僕は悩んだ。

ここでカジノを辞めるか、それとも…。

しかしフェリーの時間までまだかなりある。

それに理論が破れた今こそ「真のギャンブル」を味わうチャンスなのではないか。

僕は本能的に検索を避けていた禁断のワードをグーグルに打ち込んだ。

「マカオ カジノ クレジットカード」

検索結果 使える。

知ってしまった。もう戻れない。

僕はすぐさま両替所に行き、2000ドルチップ(30000円)を手に入れた。

そして僕は再び「大小」のフロアに戻った。

僕は理論を捨て、本能と周りの流れを見て300香港ドルチップを賭けた。

すると先ほどまでの苦労が嘘だったかのように勝利をあげ、一時はプラス900香港ドルまで増やすことに成功した。

しかしここで僕に危険な誘惑が襲った。

「1000単位で賭けたらどうなるのか」

僕の周りのギャンブラーたちは1000ドルチップを数十枚所有し、みな1000単位で賭けを行っていた。

そんな中、1人だけ最低賭け金300ドルを賭け続ける自分を見ているのが悲しくなってしまった。

「せっかくマカオに来たんだから派手に行こうぜ!」

僕は手持チップの大半である2000ドルチップを派手に賭けた。

「負け」

僕がこれまでコツコツためたチップたちは見るも無惨に回収されてしまった。

その後も流れは変わらず、僕は再び無一文となった。

「なんかイケる気がする」

コツコツ戦法で一定の手応えを感じた僕は「もうちょいあれば勝てる」と確信し、今度は3000香港ドル(45000円)分のチップを購入した。

「もう2度と全賭けはしない」

僕はこう固く決意した後、再び決戦の地へ足を運んだ。

三回目の挑戦は困難を極めた。

500ドル勝っては500ドル負ける、長い勝ちも負けもなく、戦いは長期化した。

それでも少しずつ借金は減っていき、カジノ開始から1時間がたったころには最高2600ドルまで膨れた借金は400ドルにまで減っていた。

「この一進一退の流れを何とかして変えたい。」

そう考えた僕はどうやったら流れを変えられるか考えた。

しかしもはや1時間以上カジノに入り浸り、すっかりギャンブル脳になっていた僕の頭に浮かんだ考えは

「大きく勝つ」 だった。

喉元過ぎれば熱さ忘れる。あれほどさっき痛い目を浴びたはずなのに、この時 もう先ほどの全賭け負けが脳裏から消えかかっていた。

「大丈夫 勝てばいい」

僕はこの時の手持ちの大半であった3000ドルを賭けることに決めた。

「絶対勝つ」

僕はこの3000ドルを賭けるにあたって、この「大小」の法則性を導き出そうと考えた。

しばらく賭けるのをやめて観察していると、

このカジノには全部で「大小」の卓が15個ほどあったのだが、いくつかの卓では、連続して同じ数が出やすいことが判明した。

そして これらの卓に絞って観察を続けると、

大と小が交互に出る可能性が極端に低いことが分かった。

つまり長く大が続いた後に小が出た場合は次も連続して小が出る。

僕はこの法則性の正しさを確信した。

そして特定の卓に絞り、その瞬間を刻一刻と待った。 

「大」「大」「大」「小」

来た。

僕は誰よりも早く「小」の部分に3000ドルチップを置いた。

そして僕は祈るような思いで、ただひたすらサイコロの入った箱を見つめていた。

ディーラーが賭け時間の終了を伝えていた。

僕にはもう箱しか見えていない。

何度もうんざりさせられた待ち時間での大げさな演出も今は耳に入らない。

たった数秒の待ち時間が永遠に続くかのように感じた。

「来い!」

箱が開いた。


そこにあったのは4と6が記されたサイコロだった。

もうひとつは覚えていない。

僕は4と6が見えた時点でそっとその場を離れた。

卓上では「大」をコールする演出と、人々の歓声がこだましていた。

また負けた。

一時間かけてマイナス400ドルまで持っていった借金は一瞬で3400ドルまで膨れ上がった。

理論とは何だったのか。

僕は全ての気力を失い、残りのチップも惰性で適当に賭け続け、最後には全て失った。

こうして僕はカジノにてたった2時間で全財産の半分である10万円を失った。

帰り道 僕は自分が10万円を失ったという現実を理解できず、「何か楽しい体験をしたんだ!」と思い込み、ずっと笑っていた。

あはははははは! あははははははは!

香港の巨大魚を狙おうとした、しかし挫折した。

話は数週間前にまでさかのぼる。

僕は今回の旅を実行するにあたって、

いくつかの香港に関する旅ブログを読んでいた。

こうした旅ブログの多くは、グルメや観光地といったありきたりなものが多かったが、

その中で ある個性的なブログが僕の目を引いた。

「香港のドブでアフリカの巨大魚「クラリアス」を釣る」http://www.monstersproshop.com/hongkong-clarias-catfish/

「ドブ」「アフリカ」「釣り」といった香ばしいワード。

そしてアフリカの巨大魚という異名にふさわしい圧倒的なビジュアル。

これらのロマン要素は、半年ほど前の自給自食生活以降、鳴りを潜めていた僕の釣り欲求を完全復活させた。

この記事によると、どうやらこの「アフリカの巨大魚」はルアー(疑似餌)に食い付くとのことだった。

しかしこれまでの僕の釣り経験といえば、せいぜい生きたエサを使った雑魚釣り程度で、

「巨大魚」と呼ばれる魚をルアーで釣ったことはないし、適切な道具も持っていない。

ならどうする?

答えは一つだ。

「買う」

僕は足りない脳ミソと資金を半回転させ、

「ルアー 初心者 オススメ 竿 」などと検索しては、ヒットした商品をなんの疑いもなく次々と購入していった。

竿 リール 糸 ルアー 気づいたときにはもう総額は15000円を超えていた。

この時 僕は「この商品を買った人はこんな商品も買っています。」と言って、竿の後はリール、リールの後は糸といった具合で次々と商品を紹介してくるアマゾン商法に完全に釣られていた。

釣りを始めるにはまず、自分が釣られないといけないということを、僕はこの時痛感した。

なにはともあれ、僕は巨大金をはたいてアマゾンに釣られたことによって、アフリカの巨大魚を釣る準備を完了させたのであった。

こうして準備を完成させ、意気揚々と香港に乗り込んだ僕であったが、いまだに一抹の不安を抱えていた。

「正確な場所が分からない」

先ほど述べた記事では、釣りを行った場所まで「地下鉄」で行ったということが書かれているのだが、実際にどの駅で降りて、何分歩いたかといった詳細な情報が書かれていない。

「自分で見つけた場所を安易に教えたくない」という釣り人特有のプライドなのかも知れないが、情報サイトとしてはあまりにも不親切すぎる。

他のサイトを見ても、詳細な情報が書かれているものは無かった。

仕方がないので、僕は「地下鉄」「ドブ川」といった数少ない情報で、グーグルアースを使って釣り場を探すことにした。

そして探すこと数分、泊まっていたホテルの近くに怪しげなドブ川があるのを発見した。

大量の汚水を吐き出しそうなビル群、汚水を濃縮していそうな狭い川端。「アフリカの巨大魚」が潜む川に違いない。

僕は迷わず行き先をこの川に決めた。

そしてバナナ配布を終えた6月8日の正午、

僕は大きな期待を胸にこの川へ向かった。

今回の釣り場の最寄り駅である大囲駅

最寄り駅に降り立つと、すぐに期待どうりに巨大なビル群たちが僕の姿を出迎えた。

「巨大ビル群の影に潜む巨大魚」

僕はビル群の先に存在するであろう未知なる巨大魚についての妄想を膨らませながら、

釣竿を片手に上機嫌で釣り場への道を突き進んだ。

途中、道行く老婆が僕の釣竿を見て、何か語りかけてきていたが、当時の僕に彼女の声を聞き入れる聴力は無かった。

そして駅から歩くこと十数分、僕はついに釣り場であるドブ川にたどり着いた。

「さてどこから巨大魚を狙おうか」

そう川を見下ろした次の瞬間、僕の目の前に衝撃の光景が広がった。

「水が無い」

川の水は完全に干上がり、とても魚を釣ることのできる状態ではなくなっていた。

さらに川辺には至るところに「釣り禁止」を意味する看板が置かれていた。

「間違えた。」

僕がグーグルアースで見たドブ川はただの干上がった水路だったのだ。

おそらく途中で話しかけてきた老婆は、僕に釣りができないことを伝えにきていたのだろう。

僕はこれだけの巨大金をはたいたのにも関わらず、竿を使うことすらできないという現実にひどく落胆した。

しかしせっかく香港まで釣り道具を持ち込んだのだから、何とか釣糸くらいは垂らしたい。

水路があるということは、水路につながる川があるに違いない。

僕はなけなしの容量を用いてグーグルアースを開き、近くの川を探した。

すると案の定 近くに川端の広い川があることが発覚した。

僕はすぐにこの広めな川に向かうことにした。

このころ もはや僕の目的は完璧に「巨大魚を釣る」から「釣糸を垂らす」に変わっていた。

バスや電車を乗り継ぐこと数十分、ついに広めな川が僕の視界に飛び込んできた。

この川も先ほどの川と同じく、「釣り禁止」の看板が置かれていたし、小魚が跳び跳ねている程度で、全く巨大魚がいる雰囲気は無かった。

もうそんなことはどうでもいい。

僕は「釣り糸を垂らせる」という喜びに溢れ、比較的安全そうなところから川岸に入り、釣りを始めた。

釣りを始めるとすぐに若干のアタリがあった。

「魚が食いついた!?」

正直 釣りを始めることができただけで、感動していた僕はまさかのアタリに驚き、急いでリールを巻いた。

「はたいた巨大金」「最高気温37℃」

「徒歩数十分」「干からびていた水路」

「釣り禁止の看板」

この時 僕の脳裏には今回の釣りを始めるまでの苦労が走馬灯のようによぎっていた。

いま この瞬間 全ての苦労が報われようとしているのだ。

僕は万感の思いで竿を引き上げた。

「ゴミ」 

僕は静かに竿をたたみ、釣り場を後にした。

レサエルの日常

我ガ名ハレサエル。

我今日此処ニ秘伝炒飯霊死秘記ス。

壱 米 温メル。蓮痔。

弐 卵 皿 移ス。

🎵ここでポイントその①🎵

お皿に移した卵🥚を半分、温めたお米🍚に入れて混ぜ混ぜしましょう🎵

するとお米🍚が卵🥚でコーティングされて、べちゃべちゃになりません‼️‼️ 

たまーごまごまご🎵 たまーごまごまご🎵 たまごまごまご🎵

四 鉄板ニ火ヲカケ 油ヲ投入スル。

五 残卵ヲ投入スル

次に ご飯🍚とネギ🥑を入れます🙆

こ・こ・で りくとのワンポイントアドバイス!イエーイ🙆 

ご飯🍚とネギを入れたら、すぐにフライパンを返しましょう🙌🙌

よくテレビとかで見るやつだよー😁😁

ひっくり返したら✨こんな感じ✨

美味しそー♥️

七 我嫌ウ無味無臭。我好ム味覇

八 我好ム魚ノ死骸。魚ノ死骸イレル。

味付けはこれでかんせーい👏

あ・と・は緊張の盛り付けたーいむ💓

まずはお椀に炒飯を移して…

ポン!  慎重にお椀を上げると…

おいしい炒飯のでっきあがり~💯💯

わーい🙌 わーい🙌

簡単だからみんなもぜひ試してみてね🎵

夜露死苦。

オシリアに気をつけろ

知っている人もいるかもしれないが、僕は最近必然の出会いをきっかけにお尻を酷使している。

僕の尻を求め世界中からやってきた猛者たちの要求に応えようと日夜フル開閉した僕のお尻は限界を超え、焼き付くような痒みを発生させるようになった。

僕は悩んだ。

一度踏み外してしまった道からもとの道へもどろうか。

しかしいまここで僕が第二線を退いてしまったら、僕の尻を求め集まってきた豪傑たちはどうなってしまうのか。

もしも彼らが処理しきれなかった自らの欲望を破壊衝動へと変え、店を破壊し、街に火をつけ、男を貪るといった具合でこの街の全てを壊してしまったら…

僕はどう責任をとればいいのか。

いま世界の命運は僕の尻にかかっているといっても過言ではない。

となれば答えはひとつ

「今後も戦い続ける」

僕はこの世界を陰から支えるために戦士の持病ともいえる痒みと向き合い続けるしかないのだ。

どのようにして痒みと向き合えばよいのか。

ひたすら我慢することができれば話は簡単だ。しかし尻に生じる「痒み」というのは虫刺されで発生するようなそんじょそこらの痒みとはわけが違う。

普段は意識していても、就寝中やトイレ後に無意識のうちに手が伸びてしまう。

一度掻いてしまったら最後、この「痒み」たちは永い眠りから覚め、尻という名の楽園を謳歌するかの如く思う存分に暴れ回り、僕の尻を破壊していく。

この「痒み」をどのようにして対処しようか。僕は来る日も来る日も頭を悩ませた。するとある日、興味深いCMが僕の目に飛び込んできた。


「お尻の悩みにオシリア♪」


そのCMは「お尻」という放送コードギリギリの内容をポップなミュージックとキャッチーなイラストでまるで高級な香水でも扱っているのではないかと感じさせるCMを繰り広げていた。

僕はこのたった15秒間のCMに魅了された。

この世には自分と同じようなお尻への悩みを持った人がいる。そしてそうした悩みをもった人々を明るく助けてくれる社会がある。

この世界もまだまだ捨てたものじゃない。僕にはこの素晴らしい社会を支える義務がある。

僕はこのCMを観た次の日に迷わずドラックストアに向かい、世紀の秘薬「オシリア」を購入した。

高揚した。

なにせ幾度となく人々の尻を救って来た秘薬「オシリア」を手に入れたのだから。

もちろんその日もいつものように「痒み」が僕のお尻を襲った。

しかし今日は「オシリア」がある。

今日さえ我慢すれば、「オシリア」が全てを解放してくれる。

僕は頭の中で「オシリア」「オシリア」と何度も唱えて、必死に「痒み」をこらえた。

こうして「痒み」をこらえ帰路についた僕は、家に着くとすぐにお尻を出した。

「ついに解放される」

思えば長い戦いだった。これまでの人生でこんなにお尻について深く考えたことはなかっただろう。

僕は満を持して慎重にバッグから「オシリア」を取り出し、ゆっくりとお尻に塗りたくった。

「痛い!」「痛い!」

なんだこの痛みは!?

「オシリア」を塗った瞬間、

地獄の業火が宿ったかのような強烈な痛みが僕のお尻を襲った。

僕の安易な「オシリア」の使用が「痒み」たちの逆鱗に触れたのだ。

自らのプライドを刺激された「痒み」たちは次々と痛みの業火に姿を変え、僕のお尻を焼き付くした。

「オシリア」は秘薬ではなかった。

皆さんに1つだけ伝えたいのは、

決して安易な気持ちで「痒み」を刺激してはならないということだ。

「痒み」たちは己の痒生をかけて痒みを作り出している。

彼らの気概に答えるためには、僕たちも「オシリア」などという姑息な手に頼ることなく人生をかけて彼らに向かい合わなければならないのだ。

「痒み」と僕の戦いはこの先も終わりを見ることはないだろう。

to be continued…

吹きつけるのはいつも北風

僕は先日あるバイトを通じて恐ろしい社会の闇を垣間見てしまった。

話は先月にさかのぼる。

僕は先月ウーバーイーツに登録した。

ウーバーイーツとは主に新宿などに生息する、家中の紙を紙幣に変えて消費してもなお余るほどの大金を手にした超上級国民たちが、

ただ金を使うだけでは飽きたらず、小金をエサに僕たち下級国民たちをパシりに使い、配達を行わせるという「現代のアンシャンレジーム」を象徴する階級制サービスである。

ウーバーイーツは基本的に配達の際に、自転車を使うことが多いのだが、僕は自転車で坂を登るのが面倒だったので、

「新宿だったら最悪電車を使えば、歩きでも配達できるだろう」とたかをくくり、歩きで配達を行うことにした。

最初のうちは流石は「天下の摩天楼」新宿。

たった500mの距離でも惜しげもなく配達を頼む特権階級たちのお陰で、「歩き」の遅さを気にすることもなく、配達ができていた。

僕は第三身分としてパシられる人生も案外悪くないと階級社会の良い側面に感謝していた。

しかし「歩き」による負の側面は唐突に現れた。

「〒※※※-※※※※ yotsuya~」

四谷!?

僕はその時南新宿にいた。

南新宿から四谷までは「歩き」を使うと1時間ほどかかってしまう。

あいにく僕は四谷方面の定期券は持っていない。

四谷まで往復で電車に乗ったら、電車賃が配達報酬を越えてしまい、本末転倒になってしまう。

歩くしかない。

僕は自らがブルジョワジーたちの奴隷であることを思い出し、無我夢中で歩いた。

そして歩くこと約1時間、ついに目当ての家にたどり着いた。

配達対象のから揚げはとっくに冷たくなっていた。

僕はそんなことも気にせず、1時間かけて配達したという達成感を覚えながら、意気揚々とインターフォンを鳴らした。

「そこに置いて、さっさと帰って!!」

僕はこの時ほど彼らの恐ろしさを見に染みて体感したことはない。

僕は無意識のうちに「金持ちは生活に余裕があるから心も広い」だなんていう安易な空想を描いていた。

アンシャンレジームの時代を思い出して欲しい。

金持ち階級たちは数百年にも渡って自分たちが有利になるような仕組みを作り続け、貧困に喘ぐ下僕たちから搾取し続けていたのだ。

そんな彼らの心が広いはずがない。

たった1パックのから揚げが思った時間に届かなければ怒り狂う。彼らはそんな種族たちだ。

おそらくアンシャンレジームの時代だったらその場で処刑されていただろう。

僕は現代が表向きは非階級社会であるという事実に感謝しつつも、「さっさと帰る」気力はもはやなく、とぼとぼと家路へ向かった。

はよ帰れ

冷たい言葉を

浴びるとき

吹きつけるのは

いつも北風。

真面目なおじさんが報われる世界になって欲しい。

先日 僕は21歳の誕生日を迎えた。

誕生日は誕生日でなかなか素晴らしい出来事がたくさんあったのだが、

どれもこれも素晴らしすぎて、

ブログ向きではないので、

今回は全て割愛させていただく。

ではなぜ今回 わざわざ誕生日であったことを報告したのかというと、

誕生日を迎えたことによってある恐ろしい事実が浮かびあがっていたことに気づいたからだ。

それは誕生日を迎えたことでまたひとつ

 「おじさん」に近づいてしまったということだ。

世間の「おじさん」への風当たりは常軌を逸するほど冷たい。

最も公正とされるGoogleで「おじさん」や「中年男性」と検索するとこうなる。

ひどい。ひどすぎる。

ちなみにおばさんだとこうだ。

何という違い。

この国では「おじさん」というのは存在しているだけで場の空気を乱す害虫として扱われるのだ。

僕はこれらの記事を全て読んだ。

もちろん 「おじさん」擁護派の僕ですら

気持ち悪いと思う内容もいくつかあったが、

その多くは男子大学生たちがやっていてもおかしくないような内容だった。

確かに近年は下記のような「おじさん」によるデリカシーのない発言が世間を賑わすことが多い。

https://twitter.com/wonna57716011/status/1120340900343734272?s=19

実際 僕もこうした「おじさん」たちの時代遅れな発言や思考はもちろん批判されるべきだと思う。

しかしここで納得いかないのが、

こうした一部の「狂ったおじさん」たちのせいで、

最初の写真のような歪んだ「おじさん」イメージが作られてしまうことだ。

「おじさん」にもいろんな種類がある。

こうした「狂ったおじさん」たちが社会を賑わすということは裏を返せば、

大多数の「おじさん」は家族や自分のために真面目に働いて生きているということだ。

そうした「真面目なおじさん」たちは、

「狂ったおじさん」たちのせいで作られたイメージのせいで、

真面目に生きているのにも関わらず、

常に肩身の狭い思いをしている。

狂った「おじさん」の中には、

真面目に生きていても報われない「おじさん」の宿命にやけになって内なる狂気を解き放った者もいるかもしれない。

もちろん元をたどれば、全て「狂ったおじさん」が悪いし、

こいつらが自分の年をわきまえて行動すればいいだけの話ではある。

ただ、これまでどの年代にも「狂ったおじさん」が一定数いたことを考慮すると、

「狂ったおじさん」そのものがいなくなるということはないだろう。

そういった時に「おじさん」そのものを忌避するのではなくて、

「おじさん」一人一人を正当に評価する世の中になるべきだと思う。

世の中まだまだ「真面目なおじさん」たちを中心に動いている。

いくら男性中心の社会を批判したいからって、そうした「真面目なおじさん」たちまで叩くのは明らかに間違ってると思う。

僕が「おじさん」になるまでに、少しでも「おじさん」の地位が上がってますように。

「知らない人についていってはいけない。」

「知らない人についていってはいけない。」

僕たちは小学校時代、

自分の身を守るための授業と称して ことあるごとに

この教訓を刷り込まされた。

しかし年月が経つと共に

この教訓への認識が薄まり、

自らの力を過信して、

知らないサークルの先輩についていったり、

知らない人の車に乗るヒッチハイクといった

小学校時代には考えられなかった

暴挙を繰り返すようになってしまった。

こんなことを言っている僕も

ヒッチハイクをして

自らの行動力をアピールする

大学生たちに感化され

幾度となく危険なヒッチハイクを繰り返した。

そしてこうしたヒッチハイクが成功に終わるたびに、

冒頭に述べた「知らない人についていってはいけない」

という教訓を忘れていくようになった。

しかし先日台湾で

この「知らない人についていってはいけない」

という教訓を痛感させられる事件が起きた。

事件の顛末はこうだ。

「先輩 バスケしませんか?」

前日に僕をクラブに誘ってくれた

例の1年生たち

またも気分が軽くなるようなノリ良い口調で誘ってくれた。

彼の話によると

彼がクラブで仲良くなった台湾人が

僕たちとバスケがしたいらしく、

バスケができる場所に案内してくれるとのことらしい。

僕は学生時代バスケ部に所属していたものも、

半年前に本ブログのリンクをグループラインに貼って

バスケサークルを退会して以降は

すっかりバスケからも離れ、運動不足になっていた。

研修も中盤に入り、

生活がマンネリ化し始めてきていたのもあり、

僕は迷わずこの誘いに乗った。

そして迎えた当日。

指定された駅に1年生たちと共に待っていると、

例の台湾人がやって来た。

彼は僕には目もくれず、

1年生たちにべったりとくっつき、

あまり聞かれたくない内容なのか

僕とは距離をとり、

英語でやり取りをしていた。

とにかくいまは彼についていくしか

方法はないので、

しばらくついていくと

周りの雰囲気が

明らかにバスケットコートなど無さそうな

ジャングル地帯に変わっていった。

(写真をとり忘れたのでグーグルマップから)

もしかしてこの台湾人はバスケができるという口実で

純粋な日本人留学生をジャングルの奥地に連れ出し、

誘拐してどこか別の場所に売り飛ばそうとしてるのではないか。

もはやバスケどころではない。

僕は不安で胸が押し潰されそうになり、

どのタイミングで逃げ出そうか

ずっと考えていた。

僕がこうして強い恐怖を感じていると、

目の前にラブホテルのような建物が見えてきた。

(写真をとり忘れたのでこれまた転載)

遠くから見ると怪しさ満点の建物だが、

近くで見ると上に世新大学の文字。

どうやらここは大学のキャンパスのようだ。

良かった。

少なくとも大学のキャンパス内で

人身売買に直面することはないだろう。

しかし 安心したのも束の間、

今度は別の不安が襲ってきた。

「僕たちはいったい誰とバスケをするのか」

というのもこの日は若干雨が降っていて、

屋根のない場所でバスケをするのは難しい状態だった。

となるとバスケができるのは

学校の体育館のみだ。

僕はバスケサークルに所属していたので、

大学の体育館を使ってバスケをすることができるのが、

全国から選ばれた精鋭が集まる

大学のバスケ部だけであることを知っている。

これは日本の場合だが 

恐らく台湾でもさほど違いはないだろう。

この日台湾人についていったのは

僕を含めて3人。

みんなバスケは素人に毛が生えたレベルだし、

何より体育館用の靴など持っていない。

そんな3人が現役のバスケ部員達と戦ったら…

考えるだけで恐ろしい。

この台湾人は日頃から日本に不満を溜めていて、

バスケが得意な友人を使って、

バスケ素人の日本人をボコボコにして、

日頃のストレスを晴らしているのではないか?

僕の不安をよそに この台湾人は

どんどん体育館へ近づいていった。

「オーッス!!!」

すると体育館から凄まじい円陣の音がとどろいた。

ヤバい。

気合いの入り方が全く違う。

これはもはや楽しくバスケをする時の

モチベーションではない。

明らかに ムカつく日本人を 

バスケと称した暴力でひれ伏させようという

純粋な悪意から来る殺意だ。

台湾は親日国だというのは真っ赤な嘘だ。

僕は恐怖で逃げ出しそうだったが、

いまここで逃げ出せば、

何が起こるか全く分からないので、

必死にこの台湾人についていった。

すると彼は体育館の観覧席に

僕たちを連れていった。

するとすぐに「ビー!」と

遊びのバスケでは決して使われることのない

ブザーが鳴り響き、

どこの大学かも分からないバスケの試合が始まった。

これはいったいどういうことなのか

すぐに1年生がこの台湾人に説明を求めると、

彼は衝撃の回答をした。

「まずはこの試合を全部観ろ。

試合が終わったら試合に出ていた

俺の友達とバスケをさせてやる。あいつが俺の友達だ。」

そう言って彼が指さした方向にいたのは

頭にバンダナをつけた身長190cmぐらいの黒人だった。

僕たちは完全にこの台湾人の異常性を悟り、

彼が試合に夢中になっている隙に、

軽い挨拶をしてすぐに体育館から出た。

あのままもし体育館にいたら、

僕たちはどうなっていただろうか。

今となっては知るよしもない。

この経験から言えることがひとつだけある。

「知らない人についていってはいけない。」

旅行者必読! 台北駅から台北101への行き方

2005年に台湾のマンハッタン🇺🇸と言われる

信義区に建設されてから、

台湾🇹🇼の商業、観光の中心地として

繁栄し続けている台北101🗼。

ショッピングモール🏠や飲食店🍴も充実していて、

台湾の中心地になった台北101は 

台湾に来たら1度は行っておきたい

観光地ですよね✨

そんな超人気スポットの台北101ですが、

なんと台北駅から電車を乗り継げば

15分で行けちゃうんです🎉

でも台北駅は出口が20個以上もあって🈶

まるで迷路のよう😇。

方向感覚に自信のある筆者も

最初に台北駅についたときはかなり迷ってしまいました(泣)

そんな僕のような迷える🐏観光客は

少しでも減って欲しいです🙏。

そこで今回は台北🇹🇼駅から台北101🗼までの行き方🚶を

どこよりも詳しく解説していきたいと思います🙆💯

まず台北駅に着いたら

この赤い淡水信義線という表示に従って進んで行きましょう。

台北駅は地下街は表示が途中で消えがちなのですが、

地下鉄の表示は最後まで消えないので安心してください。

表示に通りに進んでいくと改札が見えてきます。

長期旅行で何度も交通機関を利用する方はここで

悠遊カードを買うことをオススメします。

このカードは日本のSuicaのようなもので、

500元(最初に400元チャージされているので実質カード作製にかかるのは100元)で

作ることができ、電車だけでなくバスでも使うことができて、

しかも運賃が2割引きになるという優れもの。

窓口で 「我想买悠遊卡。ウォーシアンマイヨウヨウカー(私は悠遊カードが買いたい)」と言えば、

すぐに買うことができます。

改札を通ったら次に月台と書かれた

プラットホームに向かいます。

2番プラットホームから象山行きの電車に乗りましょう。

電車に乗ったら2駅目の中正記念堂で、

緑色の松山新店線に乗り換えます。

中正記念堂の松山新店線ホームは

淡水線ホームの目の前なので分かりやすいですね。

ここで松山新店線新店駅に乗り換えたら

次の駅の古亭駅で降りましょう。

古亭駅で降りたら 5番出口を目指します。

5番出口を出るとこんな景色が見えると思います。

この道が見えたらそのまま10分ほど直進しましょう。

すると左手に台北101の敷地が見えてくると思います。

このまま敷地内に入れば台北101はもうすぐです!

数分歩くとすぐに左側に台北101が見えます。

やはり実際に行ってると、

とても大きな建物ですね。

東洋一のビルと言われるのも頷けます。

今回の解説はいかがでしたか?

途中少し写真を撮り忘れてしまった点があり、

見にくかったかも知れません。

とにかく台北101は台湾が誇る素晴らしい

観光スポットです。

皆さんも台湾に来たら是非行ってみて下さい。

台湾の風俗に挑戦したら人生最低の夜になった話

僕は先日 台湾の代表的風俗店のひとつ金年華三温暖に行った。

というのも その日の午前中に行った陽明山

ガッカリスポット過ぎて、

テンションが下がってしまい、

埋め合わせをするために

風俗に行こうということになったのだ。

沖縄の時もそうだったが、

僕たちはつまらないことがあると

すぐに風俗に行って埋め合わせそうとする。

#困ったときは風俗へ

僕たちも自らのコンテンツ力を高め、

この風俗依存の風潮を、

いづれ改善したいと思っているが、

風俗のコンテンツ力は高すぎる。

まだまだ風俗の壁は高い。

#風俗に勝ちたい

何はともあれ 僕たちは研修前 最後の夜を

最高の形で終えるため風俗へ向かった。

風俗へ行くまでの過程は

代表作 「池袋西口でAV女優とヤれるという詐欺に引っかかり12万円ぼったくられた話」が

1万PVの大ヒットを記録し、その後も

沖縄最安デリヘルの実態を赤裸々に描写した「人妻パラダイス」や

台湾での男性からの痴漢体験を

事細かに語った「台湾のバスで巨漢の男にチンポをしごかれた話」といった人気作を連発し、

長きに渡り風俗ブログ界の王として君臨する

超一流風俗ブロガーしゃおじょんが魂を込めて語っているので、

是非こちらを見て頂きたい。https://dobunezumidesu.hatenablog.com/entry/2019/03/01/194102

僕は日本で何度か風俗店に行ったことがある。

しかし今回は 台湾の風俗店がチェンジ(来た女の子を別の子と交換すること)が

無料なことを知っていたため、 

来た女の子を全員チェンジして

台湾の風俗店の女の子はどのような感じなのか

見てみようと思っていた。

しゃおじょんのブログにあった通り、

入浴→休憩→おばさんから声をかけられる

という順で部屋に案内されると、

そこは「全員チェンジする」

という僕のひねくれた決意を嘲笑うかのように

二つのベッドの間に

おぼろげなライトが一つ置かれ

妖艶な雰囲気を醸し出していた。

ここで僕に一つの考えが生まれた。

「全員チェンジする」と決意したにも関わらず、

あっさりと欲求に負けるという展開はわりと面白いのではないか。

こうしてせっかくの決意が揺らぎ始めていると、

「コン コン」とやけに高いノックの音がして

一人の女性が僕の部屋に入ってきた。

「チェンジ」

僕は彼女の顔が見えた瞬間すぐに、

心の中で絶叫した。

顔は東南アジア系で明らかに台湾人ではなく、

年齢も明らかに40を越えていた。

しかし僕の決死の叫びは

儚くも彼女の元へは届かず、

彼女は黙々と準備を始めようとしていた。

元々僕は様々な問題を抱えながらも、

生活をしていくために強い覚悟を決め、

こうした店で働く彼女たちに「チェンジ」

という冷たい言葉をかける勇気などない。

もう諦めてこの女性に身を委ねようかと思ったその時

大切な情報を思い出した。

「スペシャルマッサージは15000円」

僕の今回の研修予算は50000円だ。

到着後2日間で15000円を使ってしまったので、

もしこのスペシャルマッサージを受けると、

残り20000円で3週間を過ごさなければならない。

このどこの国から来たかも分からないババアが

悲しむ姿を見たくないからといって、

僕の研修を棒に振る訳にはいかない。

僕は準備を終え、「脱いで」と急かしてくるババアに

勇気を振り絞って 「チェンジ」と叫んだ。

「言えた」と安堵したのもつかの間、

ババアは予想通り肩を落とし、

露骨にガッカリした様子で、

僕の部屋からとぼとぼと出ていった。

その後も数回チェンジをしたが、 

何度チェンジしても初回と同じような

東南アジア系のババアが登場し、

「チェンジ」と言う度に

これまた同じく露骨にガッカリした様子で帰っていった。

決意が揺らぐという展開は

全く起きる気配はなかった。

僕はただ楽しい夜を過ごしたかっただけなのに、

なぜこんなにも人がガッカリする様子を

見せられなきゃならないのか。

ババアの悲しむ姿なんか見てもただただ不快でしかない。

僕は結局 店の女性を全員見る前に、

そそくさと退散した。

こうして消化不良のまま休憩所に戻ると

絶世の美女に出会ったというしゃおじょんが

極度に興奮した様子で自らの体験を語っていた。

一通り語り終わると彼は

「お前はどうだった?」と聞いてきた。

先ほどの体験を簡潔に語ると、

舞い上がりに舞い上がりを重ねたしゃおじょんが

「ダッセー 俺だったら全員チェンジしてるから」と驕り高ぶった様子で煽ってきた。

ただでさえババアのガッカリ顔を見続け、

不快を極めているのに、

追い討ちをかけるような

絶好調しゃおじょんの煽り。

間違いなく人生最低の夜だった。

これまでの風俗依存のツケが

回ってきた形だ。

今回良い思いをしたしゃおじょんは

まだまだ風俗依存をやめることはないだろう。

僕にとってついに風俗依存を終える時が

来たのかもしれない。

第一 僕は性行為に全く興味がない。

そんな奴が風俗の話をしても、

性行為に命をかけてる奴の話には勝てない。

今後の方向性を見つめ直す。

そんな台湾風俗体験だった。


欲望の国

「ディズニーは本当に楽しいのか?」

僕は長年ずっとこの疑問を抱えていた。

世間では「夢の国」と持て囃され、

SNSではディズニーに行った投稿が溢れ、

多くのいいねを貰っている。

まるで娯楽の頂点にディズニーがあるかのような風潮すら感じる。

僕も以前こうした風潮に流され、

ディズニーに行ったことがある。

確かにある程度楽しさはあったが、

5時間近い待ち時間や僕自信のディズニーへの無知もあり、

楽しみ切れない点も多く、

娯楽の頂点であるかと聞かれれば微妙だと感じた。

そんな苦い経験から5年がたった。



現在もディズニーは

当時と変わらず覇権を握り続けている。

僕はふと思った。

「ディズニーはとても楽しいのではないか?

僕が斜に構えていただけなのではないか?」

こうして僕はこれまでの先入観を捨て、

ディズニーと真剣に向き合うことにした。

僕はまずディズニーを最高に楽しむ条件を見出だすために、

instagramのディズニー投稿を徹底的に研究した。

目眩がするほどに眩しいディズニー投稿を見ていくうちに

僕はディズニー投稿の多くが男女数人のグループであることに気づいた。

つまりディズニーを楽しむうえでの第一条件は

  • 男女数人のグループで行く

この条件を満たすために、

僕はいま一番コミットしてるコミュニティである

大学の中国文学コースのグループで呼び掛けてみることにした。

昨年の4月から始まったコースとしての活動。

様々なテストや課題を乗り越え、

その度に打ち上げをして結束を深めてきたコースのメンバー。

彼らにこの娯楽の頂点に君臨するディズニーの誘いをすれば、

必ず乗ってくれるに違いない。

そんな淡い期待は見るも無惨に打ち砕かれた。

残酷なことに僕以外投票する者は誰もいなかった。

考えてみれば当然である。

ご存じの通り僕は毎日コスプレをしている。

コスプレを始めた当初はコースのメンバーも

一定の反応をしていたが、

最近は、コスプレした僕の姿に飽きて、

明らかに反応が薄くなっていた。

つまり僕は明らかにコース内で浮いていたのだ。

毎日変な格好をしている浮いた奴が

急にディズニーに誘ってきたら、

この反応になるのも無理はない。



しかし幸いなことにこの世には「1人ディズニー」

という言葉もある。

娯楽の頂点に君臨する夢の国ディズニーランドは

1人でも思う存分楽しめるはずなのだ。

僕は迷わず1人ディズニーをすることに決めた。

ディズニーランドといえばまずはアトラクションだ。

人の並びができづらい入園開始直後に

アトラクションを乗り回すのはテーマパークの基本だろう。

僕もこの基本に習って多くのアトラクションに乗った。

さすがは夢の国。

どのアトラクションもレベルが高く、

それなりに楽しかった。

しかし僕はここである違和感を覚えた。

入園直後はこの違和感の正体が、

よくわからなかった。

ディズニー満喫を試みるうちに、

この違和感が現れていくこととなった。



ディズニーといえば写真撮影だ。

ディズニーはアトラクションの待ち時間が長い。

また非日常的な空間であることから、

写真撮影は暇つぶしとSNS映えの両方を可能にする

ディズニーにピッタリの娯楽である。

ディズニーを満喫するうえで、

この写真撮影は欠かせない。

僕は再びディズニー投稿を徹底的に研究し、

シンデレラ城前での写真が最も映えるという結論を導きだした。

もちろん僕の他にも多くの者が写真を取っていた。

ここで僕は最初に感じた違和感の正体に気づいた。

ディズニーに来ている者は

待ち時間はおろかアトラクション中にも写真をとっていた。

これらの写真の多くはSNSに載せられ、

いいねという名の承認欲求を

満たす材料として使われていくのだろう。

もしかするとディズニーは

アトラクションを純粋に楽しむテーマパークではなく

仲間たちと自分が最も映える写真を

撮るためのスタジオなのかもしれない。

僕が感じた違和感の正体はこれだ。

つまり最も重要なのは「ディズニーで楽しむ」ことではなく、

「ディズニーに行ったという事実を残す」ことなのかもしれない。

ディズニーはもはや「夢の国」でもなんでもない。

行った者の承認欲求満たす道具となる「欲望の国」なのだ。