「I’m com………」
この続きを言い遂げることはなかった。
2021/9/10
ケルンでの思わぬ出合いによって旅の不確実性を改めて痛感した僕は再び確実性を求め、予定通り次なる目的地であるフランクフルトにやって来た。
フランクフルトでフランクフルトを食う。
フランクフルトという地名を知った日本人が誰もは一度は思い浮かんでしまう陳腐なダジャレ。
しかしそんな古く腐ったダジャレだって時には大いに役立つことだってある。
僕が海外への旅に興味を持ったきっかけの一つは中文コースで知ったあるダジャレだった。
カタールで語る
いま思い返してみると全く面白くない言葉の羅列であるが、このダジャレが流行った大学2年時は「カタールで語るって何だよ」とゲラゲラ笑いこけていた。
そして笑っているうちに僕たちは「いつかカタールに行って本気で語ろう」と誓った。

地名にまつわるダジャレを実現するためだけに海外に飛ぶ。
たった一瞬のダジャレに懸ける想いの強さに僕は強い感銘を受けた。
その時以降、僕の人生の楽しみの一つに海外にまつわるダジャレを実現するというものが加わった。
ついに訪れたフランクフルト。
願い焦がれたカタールではないが、この地もまたダジャレにふさわしい街であるに違いない。
フランクフルトに到着した僕は駅前に並んだ屋台で早速フランクフルトを購入し、フランクフルト中央駅で食した。

フランクフルトの中心で食べたフランクフルトはいつにもまして美味な気がした。
こうして僕は長年の夢であったダジャレ再現をあっさりと達成した。
いやまだ達成していない。
フランクフルトは食べるだけじゃない。
健康な大和男児として生まれた僕は立派なフランクフルトを持っている。
このフランクフルトという地でこいつをフルスイングしないでどうする。
今見せろ お前の底力を 突き進め 勝利を掴み取れ
フランクフルトでフランクフルトを振る。
僕のフランクフルト旅が始まりを告げた。
予定では僕はフランクフルトに2日間滞在することになっていた。
とはいえ僕は既にフランクフルトで果たしたい2つの目的のうち1つを終えている。
フルスイングを見せるならやはり最終日の夜がふさわしい。
となれば僕に必要なことは1つ
鍛錬
ミスターフルスイングこと小笠原道大氏は結果を残すうえで必要なことを下記のように語っている
目の前のことをしっかり、一瞬、一瞬のプレーに気を抜かずにやる。そうすれば自ずと光は見えてくる
勝負のかかる場面で全身全霊のフルスイングを見せるためには日頃の鍛錬が欠かせないのだ。
僕はこのガッツ溢れる和製大砲の教えに習い、残りの2日間を自らの鍛錬に当てることに決めた。
ブログの更新やイギリス入国申請フォームの作成といった目の前の課題を確実に消化することによって心理面での充実を図る鍛錬。
8人部屋という劣悪な環境の中でも人がいなくっなった瞬間を逃さずに素振りをするといった技術面の鍛錬。
10時に寝て7時に起きる、3食必ず肉を食べるといった健全な生活による肉体面の充実を図る鍛錬。
以上のような「心技体」全ての強化を狙った鍛錬を僕は果たした。
そして運命の時がやって来た。
9/10 pm 19:00
心身ともに充足した僕は己の中の漢を滾らせつつ、地下鉄に乗り込み、決戦の地 エフ・カー・カーパレスドーム へ向かった。
しかしここで思わぬハプニングが発生してしまう。
パレスドーム最寄りの駅を降りるとまるでまさかの豪雨。
大粒の雨に苛まれた人々は着の身着の儘で駅構内に次々と駆け込む。
最寄りとはいえ駅からパレスドームまでは歩いて20分。
この豪雨で移動すれば、心理面の動揺は避けられないだろう。
僕は充足した思考力をフル回転させ、突然振り始めたという点とにわか雨の可能性ありという天気予報を考慮し、この雨はすぐに止むので駅で待つべしという結論を導き出した。
天気的中 海谷采配 冴えわたる
僕の見立ての通り、ものの10分ほどで雨は小康状態となり、駅構内へ逃げ込んだ人々もそれぞれの目的地へと旅立っていった。
今日は冴えてるぞ。
心技体の充足に加えて第六感の覚醒。
僕はこの先に待っている素晴らしい未来を予感しないにはいられなかった。
そして旅立つ人々と共に、中断を経た僕も再び決戦の地への歩みを進め始めた。
時節 巨大な水溜りに悪戦苦闘しながらも歩くこと20分。ついにエフ・カー・カーパレスドームが僕の前に現れた。

煌めく鮮やかな桃色光線、次々とドームへ吸い込まれていく熱く燃える漢たち。
どれもこの地が漢たちの戦場であることを強く示していた。
僕も今日はその勇猛な戦士の1人だ。
見せつけてやれパワフルスイング。
僕は覚悟を決め、パレスドームの門をくぐった
受付には今後の楽園を予感させる妙に落ち着いた老人と漢たちの戦いを支える現金自動預け払い機が置かれていた。
僕は昨日取得した陰性証明と75ユーロを提出し、タオルと館内着を受け取り、受付を終えた。
受付を終え、奥に進むと右側に簡易な仕切りを挟んで異常な桃色光線を発する空間が存在しているのか分かった。
あそこか
自らの戦いの地を察した僕は右側とは対照的な白熱電球の灯るロッカールームへ向かった。
妙な心臓の高まりが僕を襲っていた。
着換え、シャワー、歯磨き。
これまで人生で何千回、何万回と繰り返してきた動作のはずなのに今日は何だかスムーズにいかない。
ロッカーに入れるはずの物を入れ忘れたり、2回シャンプーをしてしまうといった初歩的なミスが止まらない。
これが戦場に向かう漢たちにやってくる緊張か。
僕は自らが強いプレッシャーに晒されていることを実感した。
こうして僕は通常よりも長い時間をかけて一連の準備を終えた。
次に待っているのはもうあの空間だけだ。
僕は速まり続ける心臓の鼓動を感じつつも、何も感じていないような素振りでスタスタと桃色空間へ足を踏み入れた。
チンコ!マンコ!
緊張の面持ちを隠しきれない僕のもとに開口一番痛烈な打球が襲った。
思わず打球の方向を見るとそこには下着一枚の金髪美女がバーカウンターに腰掛け、手招きをしていた。
流石はパレスドーム。やってくれるじゃないか。
僕は思わぬ先制パンチに驚きつつも、この場所が自らの期待に合った場所であることを実感した。
桃色空間はバーテンダーを中心に円上にカウンターが並んだ洒落たバーといっても差し支えない場所であった。
ある一点を除けば。
その一点はもちろん女性たちの存在だ。
彼女たちは下着一枚の状態でバーカウンターに陣取り会話に興じていた。
まずは観察から。
ひとまず僕はバーカウンターを1週し、どのような女性が存在しているのか確認した。
カウンターに座る女性はみな白人で、光輝く肌を持った方から深い皺が刻み込まれた方まで幅広い年代の方が存在していた。
彼女らは一見何の気もないようにカウンターに座り、酒を嗜み、お喋りに興じているが、僕が近くを通ると途端に目の色を変え、愛想の良い挨拶をよこした。
漢としての決意を固め、入店したはずの僕であったが、白人美女に愛想を振りまかれ続けるという人生初イベントにすっかり怯みきり、挨拶を返すだけで精一杯になってしまった。
このままではフルスイングどころではない。
僕には精神をととのえる必要があった。
僕はバーカウンターの奥にあったサウナに向かい、再び漢としての準備を行うことにした。
どうしたんだ海谷 何のためのエフカーカーなんだ。
僕はアチスなサウナに入りつつ自らに問いかけた。
僕はこのフランクフルトという地で自らのフランクフルトをフルスイングする。
目標は単純明快だ。
怯んでる場合じゃないんだ。
GO海谷 全力で走れ GO海谷 全力で飛ばせ
僕は漢としての魂を奮い立たせ、再びあのバーカウンターへ全力で帰った。
そして今度は1人の女性の手をとった。
彼女はアレクサと名乗った。
ミラ・ジョボヴィッチ風の長身白人美女であった彼女は僕が日本人であることが分かると、例のごとく「チンコ! マンコ!」と語りかけ、「元彼は日本人だった」という嘘か真か分からない話を披露した。
そして僕の手をとり、「サイエンスムービーを観よう」と言って小さなシアタールームに案内した。
シアタールームには男女が生命を作り出すために行う活動を撮ったサイエンスムービーが流れていた。
彼女と僕は部屋の隅に座り、年齢や職業といった風俗風会話を始めた。
そして会話が終わりに差し掛かると彼女は徐々に僕の下半身に手を伸ばした。
僕のバットは立ち上がった。
僕もやはり漢だったんだ。
彼女は僕の構えが出来たことを確認すると、再び僕の手をとり、今度はバッターボックスがあるだけの個室に案内し、鍵をかけた。
お膳立ては整った。後は役目を果たすだけ。
僕は料金の確認を手短に済ませ、バッターボックスで大の字に構えた。
彼女は自らの手と口でバットの最終調整を行った。
そして僕は彼女の中を捉えた。
彼女の激しい腰の振りから繰り出される直球に僕のバットは開始早々既に粉砕寸前であった。
ヤバい。このままでは
僕は自らのバットの耐久力を考慮し、力まかせにフルスイングした。
やみくもに振ること数回。
あの感覚が僕を襲った。
「im com…! Ahh…」
僕は暴発した。
僕の渾身のフルスイングを見届けた彼女はこれまでの親しげな態度が嘘のように淡々とした様子で後処理を済ませた。
僕は先月某りんと熊本に行った際に彼が風俗店で暴発した話を思い出した。
あの時 僕は「暴発? 情けないなぁ」と彼を笑っていた。
しかし 今はどうだろう。
暴発を馬鹿にしていた僕がいとも簡単に暴発したのだ。
情けない。情けない気持ちでいっぱいだ。
僕はフルスイングを果たした喜びよりも暴発してしまった悲しみにうなだれていた。
僕は早く漏れてしまう人間なんだ。
ここにきて僕は自らの性質を再確認することになった。
そして僕の財布から50ユーロが消えた。