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世界一週より早稲田一週

お久しぶりでございます。

ブログを辞めてから早くも3ヶ月が経ってしまいました。

「ブ」という字が脳裏に浮かぶだけで嫌になっていたあの頃も今や昔。

今になって急にブログのあったあの頃が恋しくなるのは時の経過が不思議なものと言われる所以でありましょうか。

私はブログを辞めてからの2ヶ月間、次なる目標であった世界一週のため、尻部を開いては閉じ開いては閉じといった具合でフル開閉。

「金のなる尻」とは良く言ったもので、おかげさまで旅行に不自由しない程度の金額がブリブリと貯まったことをここにご報告いたします。

しかしどうしたものか世間はコロナ一色。

世界一の信用を誇るとされてきた菊花紋章がいまや毒花として扱われる始末。

せっせと建ててきた僕の旅行計画もグチョグチョと音を立てて崩れていった次第でございます。

そんな訳で2020年一発目の大きな目標を失ったことになった僕ですが、世界一週の前にするべきことに気づきました。

早稲田一週です。

私が早稲田大学に入学してから早3年。

すっかり早稲田を知った気になっている僕ですが、まだまだこの街には知らないことが隠されていることに違いないでしょう。

#世界を知る前に早稲田を知れ

私は知られざる早稲田の秘密を解き明かすために早稲田一週を達成することを決意したのです。

決意とはまあ聞こえの良い言葉でしょうが、この早稲田一週には疑問が山積。

まずどこからどこまでを「早稲田」と定義しましょうか。

これにはまあ私に1つの案がありまして、言ってしまえば「鶴巻町」や「南町」といった不純物の無い「東京都新宿区早稲田町」のみを真の早稲田と認定するというものでございます。

この地図を見てお気づきの方もいらっしゃるでしょうけど、早稲田大学の校舎の中で、この真の早稲田として鎮座する「早稲田町」に存在するのは40号館のみなのです。

早稲田大学早稲田キャンパスの住所は新宿区戸塚町1丁目104でして、早稲田のわの字も無い場所に存在しておるのです。

いったいどの面を下げて「早稲田キャンパス」と名乗っているのでしょうか。今すぐ「戸塚町キャンパス」に改名するべきでしょう。

こうして早稲田一週をきっかけに早速新たな発見を手にしたところで実際に歩を進めてみましょうか。

今回のスタート地点は「真の早稲田キャンパス」こと早稲田大学40号館グリーン・コンピューティング・システム研究開発センター。

いったい何を行う場なのか検討もつきませんが、とにもかくにもここが早稲田町の西端なのですからスタート地点にしない訳にはいきません。

こちらのグリーン・コンピューティング・システム研究開発センターを出発してすぐ左手に見えてくるのが、早稲田町民の生活を支える、かの有名な「イトーヨーカドー」でございます。

生鮮食品から酒類までなんでも揃う我らが庶民の味方。

かの無名な早稲田から1トン増やす会もお世話になったとか…ならなかったとか…

イトーヨーカドーにて庶民のパワーを体感した後には約3億マイクロメートルの途方もない直線が続きます。

それもそのはず この早稲田町は異常なほど横に長いのです。

息を吐き息を吸い必死の思いで両足を前に進めること2億4000万マイクロ秒。

ついに早稲田町の東端「新宿区役所 榎町特別出張所」が見えてきました。

この「新宿区役所 榎町特別出張所」どうやら町の治安を守る場所でもあるそうで、特に路上喫煙に関しては町民に究極の災いをもたらす可能性のある重大治安破壊行為とみなし、厳しく取り締まっているとのことです。

「極悪非道」「放火魔」「人間がもっとも恥ずべき行為」「非国民」など様々な悪名を欲しいままにする「路上喫煙」を徹底的に取り締まるという態度。

東端からこの街の安全を守る「新宿区役所榎町特別出張所」は頼もしい限りですね。

西端であるグリーン・コンピューティング・システム研究開発センターを出発して6億マイクロ秒。

ついにこの長い長い旅もクライマックスを迎えます。

旅の終点となるのはやはり早稲田民の憩いの場「鶴巻南公園」の一部地域です。

なぜ一部地域のみなのでしょうか?

この地図を見て頂ければお分かりだと思うのですが、鶴巻南公園のうち早稲田町に属しているのは南端の一部地域のみなのです。

鶴巻南公園最大の売りである「ユニークな歩道」も早稲田町側にはありません。

しかし決して侮ってはいけません。

早稲田町側の鶴巻南公園にも数々の早稲田民を虜にしてきた魅力溢れるアクティビティが数多く存在します。

トイレに

喫煙

そして植物観賞。

これほどまでに魅力的なアクティビティが詰まった公園は世界でもそう多くはないでしょう。

日本各地から多くの人が訪れて歓声をあげるのも頷けますね。

知り尽くしたつもりの街でも改めて探索してみるとまた新たな発見がありますね。

皆さんも自分が知った気になっている街をもう一度別の角度から見てみませんか?

きっとそこには新しい世界があるはずです。

退屈な大人になりたくないんだ

僕は最近ある団体を立ち上げた。

何を隠そう「早稲田から1トン増やす会」だ。

お気づきの方もいるかもしれないが、この団体は以前「僕は人を叩けない」で僕には作ることができないと語り設立を諦めた団体だ。

確かに僕はあの時設立を諦めた。しかし僕のなかでどこかこの諦めが残り続けていた。

「自分はただやらない理由を作っているだけなんじゃないか」

僕は明らかに「早稲田から1トン減らす会」の行動に怒りを感じていた。

1トン減らすと意気込んで約70人の会員を集めたにも関わらず何の企画も実行しない消極性

1ミリのセンスも感じないネタツイート

僕はこうした「団体を立ち上げた」という事実だけに満足して何も行動を起こさない団体が大嫌いだ

こんなのはうんこをすることに満足して水を流さない連中と同じだ

僕はあいつらをぶっ叩きたかった。

でも僕がそうしてなかったのは叩くことによって彼らと対立することを恐れていたからだ

「退屈な大人になってしまったわ トラブりそうな相手を避けながら… 」

これは僕の大好きなYUIの「Lock on」という曲の一節だhttps://youtu.be/3d3lt2JxYXs

決断に迷ったときいつも僕の頭によぎるのはこの曲だ。

いつだかこんな記事も書いていた。

「常識を疑え 我慢することが大人なのか 」

退屈な大人になるな

もう1人の僕は確かにそう叫んでいた

こうして僕は「早稲田から1トン増やす会」の設立を決意した。

団体というのは動いているからこそ存在価値がある。動いていない団体は「死んだ」も同然だ。

僕はいまこの価値観のもと「早稲田から1トン増やす会」で動き回っている。

設立当初は「早稲田から1トン減らす会」を叩きまくり

増量に成功した人の素晴らしさを伝えるためにデブ専門風俗に行ったり

「学生の増量を助ける」という名目でキャンパスで力士に扮しちゃんこを配ったり、

大学付近で絶大な人気を誇る「武蔵野アブラ學会」とコラボしたり

発足以降一度も行動を起こさない「早稲田から1トン減らす会」のアンチテーゼとなるためにひたすら面白いと思ってことを実行し続けている。

いま僕は本当に楽しい。

僕は最近少しブログの閲覧数が増えたからってゲイネタに頼りきっていた。

でも僕のしたいことは「面白いこと」であってそれは必ずしもゲイネタだけという訳ではない。

僕は「退屈な大人」になりたくないんだ

そんな自分の原点に気づかされてしまった。

明日は何の企画をしようかな

https://twitter.com/debugaseigi/status/1154355104134262784?s=19

実録 ハッテン場の実態を追え ~テルマー湯に潜む怪~

みなさんはテルマー湯という施設の存在を知っているだろうか?

2015年8月のオープン以来「都会の中心で五感を潤す」をコンセプトに欲望の街、新宿歌舞伎町に訪れた人々の癒しの場として親しまれてきたスパリゾートだ。http://thermae-yu.jp/

終電を逃したサラリーマン、仕事終わりのキャバクラ嬢、はたまた旅行中の外国人。

テルマー湯に訪れる人種は実に豊富である。

そんな誰からも愛される安らぎの場であるテルマー湯だが、例の如くある奇妙な噂が流れている。

そう ハッテン場だ。

このテルマー湯も前回潜入した戸山公園と同じく「テルマー湯 ハッテン場」と検索すると多くの掲示板が乱立している。

しかし最初にも述べたようにテルマー湯はあくまで一般人向けのスパリゾートであり、テルマー湯に訪れる人の全てがゲイという訳ではない。

また多くの人が訪れるスパリゾートのため、戸山公園のような人気の少ない個室もない。

「彼らはどのようにして行為に及ぶのか?」

こうして僕はテルマー湯への潜入を決めた。

そして前回の潜入から一週間がたった7月18日木曜日 僕の潜入は決行された。

僕はまず掲示板で「彼ら」が多く出没すると言われていた午前0時前後に入浴を行うため、午後11時にテルマー湯の前に訪れた。

そしてこのテルマー湯の前で僕の潜入に興味を持ち参加を申し出た篠塚康介氏と落ち合いテルマー湯に入館した。

この日は激しい雨が降っていて、お互いにかなり濡れていたということもあり、僕達はとりあえず風呂に入ろうということになり、大浴場へ向かった。

大浴場の入口 とても「彼ら」の潜む場とは思えない

僕たちは入浴前これからハッテン場に潜入するという緊張から妙にソワソワしてお互いの体を触りあっていた。

大浴場は大きな浴槽が1つに小さな浴槽がいくつも存在するという至って普通の作りをしていた。

にも関わらずそこがハッテン場であると意識しただけで不思議と入浴している人が全て「彼ら」に見えて落ち着くことができなかった。

僕たちは体を洗った後、いくつかの浴槽を回った。途中50代ほどの小太りな白人男性に数秒見つめられることもあったが、特に何も起こらず僕たちは最初の入浴を終えた。

正直かなりガッカリした。

確かに僕たちを見つめてきた白人男性はゲイであったかもしれないが、普通の銭湯にも隠しているだけでおそらくゲイの人はいるだろう。

僕が今回期待していたのはハッテンに及ぶ「彼ら」の姿である。

しょせんはただのスパリゾートか。

僕はテルマー湯に泊まるために払った4000円が惜しく感じるようになっていた。

篠塚氏も僕と同様にガッカリした様子で「喉が痛いから寝る」と言って足早に休憩室へと消えていってしまった。

僕も寝ようかな。

僕は時間を確認した。

時間は午前0時を少し過ぎたころだった。

僕の脳裏に午前0時を過ぎた頃が一番盛り上がるという掲示板の情報が浮かんだ。

「寝るのはまだ早いしまあ行ってみるか」

僕はそんな軽い気持ちで2度目の入浴へ向かった。

僕が脱衣場で着替えていると最初の入浴時に僕のほうを見てきた白人男性に偶然遭遇した。

彼は明らかに服を着て入浴を終えようとしている様子であったが、僕のことを見た瞬間彼は急に服を脱ぎ始め再び大浴場へと消えていった。

「きたか」

1度目の入浴で何も起こらなかったことですっかり油断していた僕もここが改めてハッテン場であるということを意識せざる負えなかった。

僕は大浴場に入るとすぐに湯船が白く濁っていて下が見えないシルク風呂に浸かって彼のことを待った。

しかしどれほど待っても彼は来ない。

そのうちに僕はのぼせてしまい、別の風呂へと移動した。

その後僕は少し浸かってはのぼせという流れで小さな浴槽を移動し続けていた。

彼への期待は僕の度重なる移動が少しずつ打ち消していた。 

こうして移動を重ねるうちに僕はある奇妙な点に気がついた。

その時大浴場には僕のほかに10人ほどの男たちがいた。その多くは僕のように移動することなく、1つの浴槽で大半の時間を過ごしていた。

しかしその中でただ1人だけ僕と同じ移動ルートをとる男がいた。

その男は白人男性ではなかった。

その男はメガネをかけた中肉中背で30代ぐらいの男だった。

彼は僕がシルク風呂に移動するとシルク風呂、ジェット風呂に移動すると隣のジェット風呂という要領で僕と全く同じルートで移動した。

最初僕は偶然だろうと思ってあまり気にしていなかった。しかし僕が数十秒で移動した際にもすぐに彼も僕と同じルートで移動したのを確認し、徐々に自信を深めていった。

僕はこの自信を確信に変えるためにある賭けにでることにした。

テルマー湯には大浴槽の他に6つの小浴槽がある。

先ほど名前のあったシルク湯やジェット風呂は屋内風呂である。

この小浴槽の中で唯一屋外にあるのが寝転び湯だ。

寝転び湯はこの写真で若干わかるように四方を仕切りで囲われており、外から中の様子が見えにくい仕組みとなっている。

僕は屋内風呂を行き来していた流れで、急にこの寝転び湯に移動した時に、彼もまた寝転び湯に移動してきたなら完全に彼はクロなのではないかと考えた。

僕はすぐさま行動に移し、寝転び湯へ寝転びに行った。

僕が寝転ぶこと数分、すでに見慣れてしまった彼の影が現れた。

「ビンゴ」

僕は驚きと困惑の感情を必死に隠しただただ目を仰向けで寝転んでいた。

案の定彼もまた僕の隣で寝転んだ。

この時4つある寝転び台のうち3つが埋まっていた。

彼は明らかにもう1人の入浴客がいなくなるのを待っているようだった。

そしてもう1人の客がいなくなり、寝転び湯に僕たちだけが取り残された次の瞬間、

僕は自分の手に何かが触れたことに気づいた。

それが彼の手であるということに気づくまでにそれほど多くの時間はかからなかった。

彼は僕が嫌がる素振りを見せないとみるとさらに僕の手を強く握りしめた。

それから何分がたったころだろうか。

僕は遠くの屋内風呂の方から施設のスタッフが近づいて来ているのに気づいた。

僕は慌てて彼の手をほどき、少しのぼせ気味であったこともありすぐに寝転び湯を出て近くのベンチに座った。

急に僕に手をほどかれて驚き気味の彼だったがすぐにスタッフたちの姿に気づき、納得した様子で寝転び湯を出て、何も言わず僕の隣に座った。

僕らは互いに言葉を交わすこともなくベンチに座り込んでいた。

やがて気まずさに耐えられなくなった僕は白く濁っていて下が見えないため絡みに向いているシルク風呂に向かった。

そして湯船に着くとすぐに彼の方を見て彼を誘った。

すると彼は満足気な様子でシルク風呂の方へ歩を進めた。

次の瞬間だった。

どこからともなく最初に会ったあの白人男性が僕の目の前に現れた。

この男は僕と目が合うと今度はまっすぐ僕の方へ歩みを進め、シルク風呂に浸かるとすぐさま僕の真横に陣取った。

寝転び湯で手を繋いだ彼はこの白人のあまりに急な行動に呆気にとられシルク風呂を素通りし、隣の風呂で僕たちの様子を伺うほかなかった。

僕との「特等席」を手にいれたこの白人男性はここぞとばかりにシルク風呂の特性を活かして太もも、玉袋、局部の順で僕の下半身を撫で回した。

こうして僕は人生で初めて「痴漢」を経験した。

よく痴漢を経験した人は「声が出ないほど怖い」といったネガティブな感情を口にするが、僕の場合は違った。

僕はこの白人男性に触られている時、純粋に彼に「楽しんで欲しい」と思った。

遠い異国の地からはるばるやって来てやっと見つけた僕の局部がどれだけ撫でてもいっこうに立たなかったら彼はどう思うだろうか。

僕は彼に少しでも日本で良い思い出を作って欲しいと思ってひたすら自分の局部を立たせようと試みた。

シルク風呂のうだるような熱さとスパリゾートという特殊な環境で粘ること数分、僕のちんこは見事に立ち上がった。

彼は見事に立ち上がった僕の局部を見て満足気な様子でこう言った。

「アツイネ」

これが何を意味する言葉なのかは僕には分からない。

ただ僕が分かるのはこの言葉を言った後、彼が僕の元を離れたということだけだ。

役割を終えた僕もまた反り立った局部と共にシルク風呂を後にした。

隣の浴槽から羨望の眼差しを受けているような気がした。

実録 ハッテン場の実態を追え ~戸山公園のもうひとつの顔~

戸山公園

大学に近いということもあり、早稲田生であれば一度は必ず訪れたことがあるであろう超有名スポットだ。

昼は無邪気に玉遊びに興じる子供たち、夜はサークルの活動に勤しむ学生たち と市民の憩いの場として大いに親しまれている。

そんな戸山公園にある奇怪な噂が流れていることをみなさんはご存知だろうか。

そうハッテン場」だ

僕は最初にこの噂を聞いたとき、すぐに信じることはできなかった。

昼には授業を休んでお酒を飲み、夜には友達と鍋を囲んだ僕たちの思い出の場所にそんな裏の顔があっただなんて。

でも僕は調べなければならない。戸山公園を愛する者の1人として彼の表の顔だけでなく裏の顔もちゃんと知っておく必要がある。

僕は神妙な面持ちで「戸山公園 ハッテン場」と検索した。

僕は全てを察した。

「どうせ嘘だろ」と虚勢を張って必死に動揺を押さえていた僕の心境などお構い無く、グーグルは無慈悲にも戸山公園がハッテン場であるという事実を示す情報を表示した。

「いったい戸山公園で何が起きているのか」

愛する戸山公園の裏の顔を知った僕は、彼のもとでどんなドラマが生まれているのか詮索したい衝動に駆られた。

僕は戸山公園ハッテン場という名のついた掲示板を片っ端から閲覧した。

「箱根山には露出狂が多い」「トイレ付近は女装子がうろついている。」「水場の奥にある藪林が青姦スポット」

僕は2年以上に渡って戸山公園に通いつめていたが掲示板で語られていた光景を見たことはない。

「本当にこれらの情報は正しいのか?」

僕は調べれば調べるほど疑心暗鬼になっていった。しかし掲示板を見ているだけでは真相にたどり着くことはできない。となれば方法は1つだ。

「自分で確かめる。」

僕は勇気を振り絞り掲示板にこんな書き込みをした。

するとすぐにこんな返信があった。

心のどこかで「どうせ何の反応も無いだろう」と思っていた僕にとってこの素早い反応は驚くべきものだった。

その後はこの男に言われるがままに僕は自分のメールアドレスを掲示板に投稿し連絡先を交換した。

そして3日に渡って繰り広げられた熾烈な日程調整の後、僕らは7月11日の22:00に戸山公園にある箱根山のふもとに集合することになった。

ゲイマッサージ店での初出勤、2作目のホモビデオ出演の打診。

その間 僕にも様々な出来事が起こった。時が経つのはあっという間。すぐに運命の7月11日がやってきた。

当日を迎えた僕は愛する戸山公園の裏の顔を見ることになるかもしれないという興奮から猛烈なソワソワ感に襲われ、集合時間の30分前に到着してしまった。

箱根山のふもとに向かうためには、昼間は子供連れで賑わうグラウンド、やけに大きな公衆トイレ、青姦スポットとして噂されていた藪林と様々な場所を通る。

通学路として見慣れた場所もこれまで「ハッテン場」として男たちの間で熱い物語が紡がれきた場所だと考えると、

そこには同性を愛する者だけが入ることのできる世界が繰り広げられていて、軽い気持ちでその世界に入り込もうとしている僕を拒もうとしているような独特な空気感を感じた。

こうしてソワソワしながら待つこと30分、寸分の遅れもなく時間通りに1人の男が現れた。

彼はとても若かった

明らかに僕よりも年下で儚げな雰囲気があった。

顔を合わせた僕たちは雨が降っていたということもあり、すぐに男子トイレの中に入った。

実際の男子トイレ(後日撮影)

個室に入り鍵をかけバッグを置いた僕たちはどちらからということもなくすぐに互いの唇を合わせていた。

そのまま僕たちは時が止まったかのように静止していた。

そこには確かに僕たちだけの世界があった。

僕が「彼らの世界」に受け入れられた瞬間だった。

それから何分たったころだろうか。

ふいに外から足跡が聞こえた。

僕は一瞬「僕たちの世界」から離れてしまった。

彼に全く動じる様子は無かった。

その後もたびたび外からの足跡が僕の鼓膜にねじ込まれた。

その度に僕は彼との「世界」から離れて、勃起をやめてしまった。

彼はそんな僕を見てうつむき気味にこう声をかけた。

「どうしたら気持ちいいですか?」

情けなかった。

彼は決して「僕たちの世界」から離れることはないのに、僕はたった数秒の足跡で離れてしまう。

外にいる人たちが「僕たちの世界」に入ってくることは決してないのに。

もう外を気にしている場合ではない。

僕はあえて外で誰かが用を足している時に彼にこんな要求をした。

「ちくびなめて」

彼は嫌な顔1つせず僕の乳首に飛び付いた。

僕はひたすら快楽にのみ意識を向けた。

「僕たちの世界」はお互いが100%快楽に集中した時にだけできる世界だ。

もう他の奴は関係ない。

僕の局部は膨張を続けた。

そして快楽が100%を越えた瞬間、

「僕たちの世界」に純白の虹がかかった。

そして束の間の「僕たちの世界」は幕を閉じ、僕たちは無言のまま和式便所の周りに飛び散った精子を拭き取りトイレに流した。

その後互いに「世界」を共有した僕たちは最初に会った時よりも友好的な雰囲気で西早稲田駅まで歩きながら話した。

彼は18歳の大学生。実家暮らしでお金もなく「世界」を作る場所が無いため、戸山公園を利用してるとのこと。

僕はこの背景を聞いてはっとした。

戸山公園が受け入れてくれるのは楽しそうに遊ぶ家族連れや、ばか騒ぎをして青春ぶる大学生たちのような「日なたにいる存在」だけではない。

彼のような複雑な境遇や欲望を抱えた「日陰にいる存在」も受け入れてくれるのだ。

戸山公園の寛大さを改めて感じた。ハッテン場潜入だった

※僕はノンケ(女性好き)です。

僕は人を叩けない

みなさんは僕の大学に最近こんな団体ができたことを知っているだろうか。

「早稲田から1トン減らす会」

「1トン減らす」というキャッチコピーのもと、大学内でダイエットに取り組みたい人たちを集める団体らしい。

僕はこの団体に激しい憤りを覚えた。

体重のせいで空気まで重くなっているとかいう謎理論を振りかざしダイエットを強要するエゴイズム、

「ダイエットに励む人を集める」という名目で興味を持った女性を集めて「そんなに太ってないよ~」とか言ってワンちゃん狙おうとする薄汚い魂胆。

僕は元々やせ形で特に夏は食欲が無くなり、体重が落ちやすい。

世の中僕のような元々やせ形で体重が減りやすい人間もいるのになぜここまで体重を減らす人間を持て囃そうとするのか。

みんながみんなダイエットしたいと思っている訳じゃないのになぜそこまでダイエットを強要するのか。

百歩譲ってダイエットがしたいなら、「早稲田」とかいう多数を巻き込もうとする単語を使わずに自分たちだけでやってれば良いのではないか。

僕は怒りに震え、すぐさま禁酒会のごとく「早稲田から1トン増やす会」を設立して、この減量ハラスメント団体をぶっ叩こうと考えた。

しかし僕にはできなかった

僕の「早稲田から1トン減らす会」への感情は必ずしも怒りだけという訳ではなかった。

もし感情のパーセンテージを表すなら90%は怒りやいらだちといったネガティブな感情だったかもしれない。

しかし残りの10%ほどの中に彼らへの尊敬の感情が確かにあった。

「早稲田を面白くしたい」という思いから団体を立ち上げる勇気。

今までなかった「ダイエット」を団体の目的とする斬新な企画力。

純粋に彼らの事を「すごい」と思っている自分もそこにはいた。

人間誰しも相手の事を完全に否定するタイミングというのは自分が100%正しいと確信している時だ。

僕はこの時自分が彼らを叩くという行為が100%自分の気持ちに従った行動であるかどうか確信が持てなかった。

だから僕は彼らを叩けなかった

僕は最近このような事が多くある。

Twitterのタイムラインには様々な人々の様々な考えが次々と僕を襲ってくる。

「夢追い人」の野心的なツイート。

「ネタツイッタラー」たちの使い古されたネタのネタツイート

「インフルエンサー」たちのポジティブ思考を強要する煽りツイート

相反する内容ばかりが流れてくるタイムラインでいちいち彼らのツイートに影響されてたら自分が何なのか分からなくなる。

そこで僕がとる方法は「否定」だ。

とりあえず流れてきた内容全てを否定的な態度で消化する。

「夢追い人」には「結局就活のネタ作りでしょ」と

「ネタツイッタラー」には「いいね欲しさの底が浅い承認欲求でしょ」と

「インフルエンサー」には「お前がインフルエンサーやれてるのはお前に影響されない奴のおかげだよ」と

はっきり言って支離滅裂だ。全てを否定すれば倫理的に無理が起きるのは当たり前だ。

でも仕方がない。誰かの意見を100%肯定してそれに従って行動してたらもはや僕は誰なのか分からなくなる。

「否定」は僕を守ってくれる唯一の道具なのだ。

けれども僕はここで彼らのツイートを批判しようとは全く思わない。

確かに僕は彼らのツイートを批判的に捉えている。しかし一方で僕はツイートをした彼らに尊敬心を抱いているのもまた事実だ。

「夢追い人」には「自分の夢を具体化してそれを周りに宣言する覚悟」 

「ネタツイッタラー」には「常にアンテナを張ってネタを収集する察知力」

「インフルエンサー」には 「周りに相手にされないことを恐れずに、自分の考えを語る勇気」

どれも僕には無いものだ

僕は彼らを否定する反面、僕に無いものを持つ彼らを尊敬している。

僕は100%彼らに批判的な訳ではない。

だから僕は彼らを叩けない。

否定とはリスクのある行為だ。

初対面の人間からいきなり自分の行動を否定されれば誰しも不快な気分になる。

一方で称賛は相手の気分を害することは少ない。

だから僕を含めて多くの人は相手に対する否定的な側面は無視して、尊敬できる側面に目を向けて無難に褒める。

否定的なことばかり言っている人間は「ネガティブ」「すぐ否定から入る」といって煙たがられる。

ネットの掲示板を見ればレスバトルだらけでも街に出ればケンカをしている人は少ないのはみんな否定的な側面を隠しているからなんだと思う。

「尊敬」「否定」「誇らしさ」「嫉妬」

人が人に対して抱く感情は本当に多種多様だ。

梅雨のジメジメした雰囲気に誘われてふとそんなことを考えてしまった。


右折しようとした、しかし左折した。

いまやフォロワー数3000人を越え、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで早稲田界隈を蹂躙する早稲田大学黙認風俗ブロガーしゃおじょん

そんな彼がブログを始めた当初にこんなタイトルの記事を書いていたことを皆さんは知っているだろうか?

「大食いの称号が欲しかった、しかし挫折した。」https://www.xiao3zhong3.com/entry/2018/11/06/185908

「大食いの称号」という取るに足りない称号。

「しかし挫折した」の圧倒的な語呂の良さ。

僕はこのタイトルが大好きだ。

誠に恐縮ながら、僕は何度かこの「しかし挫折した構文」をタイトルに使わせて頂いている。

「香港の巨大魚を狙おうとした、しかし挫折した」

「ラーメン二郎デビューしようとした、しかし挫折した」

これらの例からも分かるようにこの「挫折した構文」は大食いの称号以外にも組み合わせることができるほどの強い柔軟性を持っている。

しかし、この「挫折した構文」の基本的な流れは「(何らかの挑戦)→挫折」である。

それゆえに「挫折した構文」は最後が必ず失敗談になってしまうという欠点を抱えている。

僕はこの「挫折した構文」の更なる可能性を追い求めるために、ある修正を加えることにした。

そう「左折」だ。

「挫折」の部分を「左折」に変えてしまえば、「挫折」の持つネガティブな部分を取り除くことができる。

また 「挫折」の部分を語感の似た「左折」に変えることによって「挫折した構文」の語呂の良さを維持することもできる。

僕はこの「左折した構文」を使うことで、「挫折した構文」界隈に新たな風を吹きいれることができると確信した。

以下は「左折した構文」の使用実験の詳細だ。とくとご覧あれ。

令和元年 6月某日

「右折の聖地」西早稲田駅に僕はいた。

何故西早稲田駅にいたのか。

理由は一つだ。

僕は最近 曲がり角を見ると無意識のうちに

体が右向きになる難病「室外左折障害」に悩まされている。

今回は右折先に日本一の繁華街である「新宿二丁目」を持ち、右折の聖地として名低い西早稲田駅に降り立ち、「室外左折障害」の治療を行おうと考えたのだ。

いかに「新宿二丁目」らが発する強烈な右折欲に打ち勝ち左折するかというのが今回の重要なテーマである。

そうこう話しているうちに、最初かつ最大の難関とも言われる西早稲田駅前が僕の前に現れた。

右折先にある新宿二丁目を目指して、多くの人々が右折していく。

恐るべし「新宿二丁目」

血走った目で新宿二丁目を目指す彼らの姿を見ていると、僕は男優としての血が騒ぎ、無意識のうちに体が右へ傾いていくのが分かった。

「止まれ 左折しろ❗」

ダメだ止まらない。僕の体は着実に右へ向きを変え、足を踏み出そうとしている。

ここで僕の脳裏にある場面が浮かんだ。

それは4ヶ月前のことである。

僕は処女作の撮影を前にこんなメールを受け取っていた。

「お尻をほぐす」とはいったいなんなのか。

マッサージのことだろうか?

当時の僕には全く検討もつかなかったので、とりあえず片っ端から「お尻 ほぐす 方法」と検索した。

すると「お尻をほぐす」というのはどうやら指をお尻に入れてお尻の穴を広げることだということが分かった。

僕は早速その日の夜、風呂場で股を大きく開き、切れ痔にならないよう入念に石鹸をつけてまずは小指をお尻の穴に入れようと試みた。

「入らない」

僕のお尻は決して破られることない北緯38度線の如く固く閉ざされていた。

それからというもの、僕はいつか訪れるであろう平和の瞬間をつかみとるために、来る日も来る日も「お尻ほぐし」を試み続けた。

「お尻ほぐし」を始めてから何日がたったころであろうか。

ついにその瞬間はやって来た。

僕はその日、これまでの小指ではなく、人差し指に「ほぐし指」を変えた。

そしていつものように風呂場で股を大きく開いてしゃがみこむ。

「入る! 入る!」

僕の人差し指はこれまでの苦戦が嘘のようにケツ緯38度線を越え、未知の領域へ侵入した。

そこで待っていたのはここ数日の努力が報われた達成感と、ついに達成した未知の性感帯が生み出す「圧倒的な快楽」だった。

僕はこの「圧倒的な快楽」の前にひれ伏すほかなく、ただただ「アハハハハハハハ」と大声で笑い続けていた。

「どうしたの?」

ふいに僕の背中からやけに高い声が聞こえた。

振り替えるとそこには「唖然」という言葉を全身全霊で体現したような顔をした妹(12)の姿があった。

彼女は股を広げ、指をケツに突っ込みながら満面の笑みを浮かべる兄の姿を見て、風呂の扉を閉め何も言わず立ち去っていった。

僕はあの時の彼女の顔を忘れてはいけない。

芸は身を助けるが、ゲイは身を滅ぼす。

安直なゲイ合は周囲の人々を大いに傷つける可能性がある。

絶対に右折するゲイたちに惑わされてはいけない。

僕は右に向きかけた体を360度回転させ、決死の思いで左折した。

左折先には肛門から直腸にかけての空間を彷彿とさせる広大な空間が広がっていた。

新宿二丁目へ向かう欲の亡者たちで埋め尽くされた右折先とはまさに天とケツの差だった。

やはり天上の至福をもたらすのは左折に違いない。

僕はこれからも「室外左折障害」の症状が出たときは必ず左折することを心に決めて生活を送っていこう。

バナナは人を笑顔にする

僕は以前大学でこんな企画に参加したことがある。

「バナナの格好でバナナを配る。」

当時の様子はしゃおじょんブログにまとめているのでぜひ見てほしい。

このバナナ配布企画は、配布予定のバナナが一瞬で無くなるなど、学生の間で大いに好評を博した。

またバナナを受け取った学生たちが、みんな笑顔になっていたことから、

僕たちはバナナに不思議な力があることを確信するようになり、いつかこのバナナ配布企画の規模を拡大したいと考えていた。

最初の配布企画成功から半年、ついにこの野望は東京から約3000km離れた「香港」の地で実現されたのであった。

前日の「ピンポンマンション」企画成功によって調子に乗っていた僕は朝起きると、朝食を適当に済ませた後、バナナコスプレに着替え、すぐにスーパーへと向かった。

あった!

流石は果物の王様バナナ。

フルーツ大国香港でも、他のフルーツを押し退け、圧倒的な存在感を誇っていた。

僕は迷わずこのバナナたちを手に取り、次々とかごの中へ入れていった。

「カモン バナナ!!」

レジの方から明るい声が聞こえた。

振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた店員の姿があった。

多種多様な人種で溢れる香港でも、バナナの格好をした者が大量のバナナを買い占める光景は珍しいのだろう。

僕は彼女らに呼ばれるがまま会計を済ませ、

宿に程近い香港の大都市「尖沙咀」に向かった。

いざ駅前に陣取り、バナナ配布を始めようとした時、僕はある問題点に気づいた。

「道が狭すぎる」

先ほどの写真からも若干分かると思うが、

駅の出口はとても狭く、また繁華街ということで人がとても多く、道路を陣取るのは明らかな迷惑行為であるように思えた。

そこで僕は歩きながらバナナを配布していく作戦に切り替えることにした。

道行く多くの人々はこのバナナ男に興味を持ち、「Banana!」「香蕉人! (中国語でバナナ男)」と声をかけてくれたが、なかなかバナナを受け取ってくれる人はいない。

無理もない。今回バナナ配布を行ったのは最高気温が35度を超える猛暑日の真っ昼間。

多くの人々は謎のバナナ男が配るバナナなど食べたくないはずだ。

僕はこの状況を何とか打破しようと、

「Does anyone like banana? (バナナが好きな奴はいるか?)」と叫びながら歩いたり、

「Iam bananaman (俺はバナナ男だ)」と言って実際にバナナを食べるパフォーマンスを見せたが、全く効果は無かった。

「バナナは配布は香港ではウケないのか。」

そう落ち込みかけていたその時、

僕は街中にバナナを求めているであろう大衆の姿があるのを見つけた。

「いける」

そう確信した僕はお決まりの「Does anyone likes banana」で声をかけた。

すると驚くことに彼らは我先にと言わんばかりに僕にバナナを求めてきた。

写真は群衆の裏から撮ったものです。表から撮るのを忘れていました。

「やはりバナナは世界共通なんだ。」

僕は改めてバナナの凄さに感動し、彼らの要望通りにバナナを配ろうとした、例の奴らが近づいていることも知らずに…

「Get out! 」突然背後から怒りに満ちた声が僕を襲った。

どうやらこの群衆たちはある施設の入場待ちの人々ならしく、この施設の警備員が列の管理を行っていた。

先ほどの写真の左はじに少し写っている

この警備員が列の秩序を乱そうとしているとして、僕に注意してきたのだ。

僕は当初 聞こえないふりをしていたのだが、

彼は僕のことを捕らえようとする勢いで近づいてきたので、僕はとっさに逃げるほかなかった。

海外で一番恐ろしいのは国家権力に捕まることだ。言葉も通じないし、日本の常識も通じない。

さらに僕はこの時パスポートを持っていなかったので、もし捕まってしまえば、何をされるかは全く分からない。

僕は完全にビビって、バナナ配布もそこそこにして、すぐ彼の目が届かないところへ逃げた。

「もうバナナ配布をやめようか」

諦めのムードが僕の中で生まれていた。

しかしここで僕の脳裏の中に、以前 日本でバナナ配布をした時にも国家権力の妨害を受けそうになったことが浮かんできた。http://nowloading424.info/%e4%b8%87%e3%81%8c%e4%b8%80%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%aa%e3%82%93%e3%81%aa%e3%82%93%e3%81%a0/

あの時は一度いなくなったふりをして、もう一度戻ってバナナを配っていた。

「あの頃に負けてはいけない。」

僕は当時の気持ちを思い出し、道を一週してすぐに群衆の元へ戻り、警備員がいなくなった隙をついてバナナを配った。

僕が再び姿を現すと、群衆は僕に向かって手を振り声援を送ってくれた。

僕は彼らの気持ちに答えるために、必死でバナナを配った。そして配り終わって辺りを見渡すと、バナナをもらった人々がみんな笑顔になっていることに気づいた。

もはやバナナに不思議な力があるということに疑いの余地はないだろう。

だから僕は最後にこう言いたい。

「バナナは人を笑顔にする」

「ピンポンマンション」のあるべき姿

皆さんは香港に「ピンポンマンション」という風俗店があるのをご存知だろうか。

詳しいことはこのサイトで解説されているため割愛するが、

簡単に言うと、マンションの一室に潜む嬢の部屋をピンポンして気にいった嬢が出てきたらSEXをするという風俗店である。

僕は長年この「ピンポンマンション」という名称に疑問を持ち続けていた。

なぜなら「ピンポン」と検索して出てくる画像は軒並み卓球🏓関係の画像ばかりで、インターフォンの画像がでてくることはまずない。

またピンポンという言葉は英語でも卓球の意味で「ping-pong」として使われ世界的にも親しまれている。

つまり「ピンポン」= 卓球というのが全世界の常識であり、「ピンポンマンション」はSEXではなく卓球が行われるマンションでなければならないのだ。

僕はいつか必ず「ピンポンマンション」で卓球をしてこの「ピンポンマンション」が抱える矛盾を是正しようと心に決めていた

僕は今日中国から香港に降り立った。

僕は香港に降り立った瞬間に、この野望を果たすため、ありとあらゆる観光地を無視し、日本で買った卓球セットを持ち、「ピンポンマンション」へ向かった。

今回向かった「ピンポンマンション」はその名も「發利大廈」

性に餓えた男で溢れていたパタヤの街とは違ってこの「發利大廈」は多くの健全な観光客が集まる街中で唐突に現れた。

中に入るとすぐにエレベーターがある。どうやらこのマンションは9階建てのようだが、

9階のゲストハウスと1階の受付を除いた全てのフロアが「ピンポンマンション」として使われていた。

エレベーターを出るとすぐに怪しい店特有の独特のネオンが僕を迎えた。

奥へ進むといくつかの部屋があり、

それぞれの部屋に「稍后片刻」(お取り込み中)の札か、「欢迎光临」(空いている)の札、どちらが掛けられ、

性客たちは我先にと言わんばかりに次々と「欢迎光临」の札が掛けられた部屋にインターフォンを鳴らしていた。

また興味深いのがこの「ピンポンマンション」区域のすぐとなりのフロアに居住者がいるということだ。

(住宅なので騒がないでくれという意味)

なぜ彼らはこんなところに住んでいるのか?

この「ピンポンマンション」のヘビーユーザーなのか、はたまた「ピンポンマンション」の経営者なのか。想像は尽きない。

この頃になると僕は本来の目的を忘れ、純粋に「ピンポンマンション」を楽しんでいた。

しかし僕はある重要な事実に気づいてしまった。

僕がいった時間は夜も深くなりつつある20時ごろで僕以外の性客たちも多く存在していた。

そしてこの性客どもは「欢迎光临(空いている)」と書かれた札を見つけると、片っ端から、インターフォンを鳴らし、嬢を呼ぶと、あろうことか出てきた嬢を無視して立ち去っていたのだ。

彼らはこの行為を自分の好みの嬢がでてくるまで何度も繰り返していた。

「許せない。」

いくら彼女たちが仕事だからといって、「呼ばれたら無視」を何度も何度も繰り返されれば、傷つくに違いないし、

ただでさえ望まないセックスを強いられ、不満を感じている中での拒絶が彼女たちにどのような感情を与えるのかは想像に難くない。

自らの性的快楽にしか関心を持たないこれらの性客たちに僕は激しい憤りを覚えた。

同じ畑で働く者として、彼らの横暴に一石を投じなければならない。

僕は直前にNOを突きつけられた嬢と卓球をすることに決意した。

正直なところかなり緊張していた。

あたりには監視カメラが張り巡らされ、これらのカメラの映像は常に入り口付近で監視されていた。

卓球のラケットを片手に辺りをうろつく金髪男は明らかに要注意人物だ。嬢に卓球を求めた瞬間に恐ろしい奴らにつれていかれたらどうしようか。

でも僕にはこの「ピンポンマンション」を変えなければならない指命がある。

僕は意を決してインターフォンを鳴らした。

「ハロー」嬢の明るい声と共に僕は部屋の中へ入った。

中に入るとすぐに嬢が服を脱がせようとしたが、僕はラケットをみせて「私はあなたと卓球がしたい」と伝えた。

すると彼女はこの世で最も「素っ頓狂」という言葉がふさわしいと言えるほど「素っ頓狂」な顔で僕の方を見た。

彼女が精いっぱい振り絞った「なんでピンポンなの」という言葉に対し

僕は「日本ではここをピンポンマンションと呼んでいる。だから私はここでピンポンがしたい」と語った。

この言葉の意味がしっかり伝わるとは思っていなかったが、どうやら嬢はある程度納得したらしく、「本気?」と言いながらケラケラ笑っていた。

しかし僕はここで僕は大きな見落としがあることに気づいた。

「ピンポンマンション」の各個室は中にダブルベッドが置かれているだけの粗末な部屋だ。

僕はこのダブルベッドのベッド部分をとって残る土台をピンポン台にしようと考えていたのだが、

思いの外ここのダブルベッドはベッド部分が多く、また部屋も狭いのでベッド部分をとれそうにない。

参考画像

どうしようか。僕がとっさに思いついたのは

「エアピンポン」だった。

ピンポンを楽しみたいという気持ちさえあれば、台なんて必要ない。己の気持ちだけで勝負しろ。

僕はつたない英語で必死にこの「エアピンポン」のルールを説明した。

嬢も最初は全く分かっていないようだったが、「演技がうまいほうが勝ち」「あなたが勝ったらチップを渡す」と説明すると快く乗ってくれた。

こうして「ピンポンマンション」にて世にも奇妙な「エアピンポン」対決が始まった。

当初、嬢は慣れない「エアピンポン」に恥ずかしがっていたのか、なかなか良い演技をしてくれなかった。

そこで僕は彼女の緊張をほどくためにオーバーな動きと「チョレイ」を交えた激しい演技を披露した。

すると彼女も僕の動きに呼応してスマッシュを決めようとするなど激しい演技を見せ、試合は壮絶なラリーの打ち合いとなった。

長い激闘の末、最後は彼女の強烈なスマッシュが決まり、僕はあえなく敗れた。

彼女の素晴らしい演技に感動した僕は最初に話し通りに100香港ドル(1400円)を手渡した。

すぐに次の試合を始めようとすると、

嬢が「どうせあなたもSEXがしたいだけなんでしょ」と言いたげにベッドに座り込んだ。 

僕は彼女に全てを伝えなければならないと思った。

「The only thing I want to do is ping-pong ! 俺がしたいのは卓球だけだ。」

すると嬢は全てを理解してくれたかのように立ち上がり、「リアルピンポン!」と僕に語りかけた。

最初何を言ってるのかよくわからなかったが、どうやらノーバンで卓球のラリーがしたいとのことだった。

僕は彼女の飽くなき探求心に感銘を受け、この申し出を受け入れた。

最初はほとんどラリーが続かなかった。

無理もない。お互い卓球は素人で、部屋もとても狭い。

それでも僕らはラリーを続けよう試みた。

そして挑戦すること数回、

ラリーはついに10回を超えた。

僕らはその瞬間、自然に笑顔で溢れ、互いにハイタッチをして喜びを分かち合った。

おそらくその日、僕が彼女に触れたのはこのハイタッチだけだっただろう。

「嬢を気持ち良くさせるテクニック」なんてでたらめなことを言う奴がたまにいるが、

少なくとも「ピンポンマンション」のような性客の欲望を一方的に押しつけるSEXで嬢側の気分が良くなることはあり得ない。

ではどうすれば客側と嬢側の両方が気分良く時間を過ごすことができるだろうか?

その答えこそが そう 「ピンポン🏓」だ。

少なくとも僕は今回、新しい体験ができて気分が良いし、嬢は先ほど述べた通り、撮影に応じてくれるほど上機嫌だった。

ピンポン🏓は関わる人全てを笑顔にする。

だから僕はこの「ピンポンマンション」は男女がピンポン🏓をすることのできる場所に変えるべきだと思う。

それこそが「ピンポンマンション」のあるべき姿であると僕は思う。

「ゴーゴーバーに行く男は地獄に落ちる。ゴーゴーボーイズに行く男は天へも昇る。」

「ゴーゴーバーに行くような男はいつか地獄に落ちる。」https://lifework-freedom.com/?p=5703

これは僕がタイにタイ在中、偶然見つけた某ブロガーの一言である。

この時まだ僕は彼がこの言葉を通じて伝えたかったことが何なのか知る由もなかった。

「風俗といったらパタヤだろ」

そんな性に飢えた超獣しゃおじょんの猿の一声によって、僕らはタイに到着後、すぐに首都バンコクから南へ160km離れたパタヤへ向かっていた。

僕もタイに来て初めて知ったのだが、

パタヤは多くの風俗店やナイトクラブが乱立し「アジア最大の歓楽街」「男の楽園」といった異名を持つ巨大都市ならしい。

そんな大歓楽街パタヤであるが、昼の街並みは静かな飲食店が数店営業している程度で、人も少なく至って普通だった。

「旅行サイトで騒ぎ立てられていた観光地が実際行ってみると、案外しょぼかった」なんてことはよくあることだし、

僕もこの時はパタヤもこのいわゆる「ガッカリ観光地」みたいなものだと考えていた。

しかし夜になると パタヤは姿を変えた。

街は人で溢れ、昼に閉まっていた店はネオンを照らし、店の前では際どい格好した女が、道行く全ての男たちに声をかけていた。

僕は完全にビビっていた。

僕にとっての歓楽街経験はせいぜい日本の歌舞伎町くらいだ。

歌舞伎町のキャッチは声はかけてくるものも、断ればすぐに諦める。

しかしパタヤのキャッチは違う。彼女たちは僕らが何度断っても、言葉が分からないふりをして食い下がり、しまいには無理やり腕をつかんで強引に店へ引きずり込もうとする。

恐ろしい。流石「アジア最大の歓楽街」と言われるだけはある。

今回は4人で旅行をしていたのだが、本ブログ初登場のずおたんこんりんもおおむね僕と同じような反応をしていた。

しかしそんな僕たちを尻目に1人先頭を切って歓楽街を突き進む男がいた。

しゃおじょんだ。

彼は予め有名なゴーゴーバー(持ち帰り可能なキャバクラ)を調べ、その情報を頭にいれ、普段は決して開くことのないGoogleマップを開き堂々と街を突き進んでいった。

その姿はまるで逃げ惑うヘブライ人奴隷を引き連れて海を渡った聖人モーセの様だった。

戸惑う僕らはこのモーセに引き連れられて、パタヤで一番有名なゴーゴーバーである「BAKARA」へ入った。

入った瞬間、いきなり衝撃の光景が目に飛び込んできた。

なんといきなり上半身を露出した嬢たちが、ステージで踊っていたのだ。

(写真撮影禁止だったので、店内イメージです。)

そしてすぐにボーイが僕たちの元に駆け寄り国籍を聞いてきた。

僕らが日本人であると答えると、奥の席に案内された。

席に座るとすぐに、日本語が話せるらしい嬢たちが僕らのもとにやって来て、飲み物を頼むようそそのかしてきた。

訳もわからず言われるがままに、飲み物を頼むとすぐに飲み物と共に大量の伝票が僕の目の前に置かれた。

この伝票は後に僕の気分を大いに憂鬱にさせた。

そして飲み物を頼むと、嬢との会話が始まった。

会話とはいっても「何歳?」「出身は?」「彼女はいる?」といった初歩的な問答ばかりで全く面白くない。

途中この流れを変えようと、僕は唐突に「自分はホモビデオに出たことがある」と語り、

その写真を見せたが、嬢はドン引きした様子を見せ、ますます会話は失くなり、しまいには「トイレに行く」といって帰ってこなくなってしまった。

ふと隣をみるとさっきあれほど勇敢な姿を見せたしゃおじょんが両脇に嬢を侍らせ、

鼻の穴を全開にして隣にいた ずおたんに何度も「4Pしよ 4Pしよ」と声を荒げていた。

今回のメンバーのうち、僕としゃおじょん以外の2人は彼女持ちだ。

元々 ゴーゴーバーに行くことですら渋がっていた彼らがそんな誘いに乗るはずがない。

しかしそんな彼らの気分などお構い無しに、しゃおじょんは嬢を両脇に抱え、4Pの交渉に励んでいた。

もはや彼はモーセでもなんでもない。

ただの性欲に支配された猿 「さるじょん」だ。https://bicinemas.com/

彼が交渉を行い、嬢と盛り上がるたびに、僕の目の前に伝票が刺されていく。

少し中身を見るとそこには恐ろしい金額が書かれていた。

ただでさえ友達のそういった姿に、気が滅入っているのに、後の精算まで意識させられ、僕の気持ちは完全に「限り無く漆黒に近いブルー」となっていた。

ずおたんこんりんも不貞行為をしてしまいそうになった葛藤からブルーな雰囲気を漂わせていた。

そんな僕たちを尻目にさるじょんは近くにいた別の日本人に声をかけ、「4P」交渉をまとめあげていた。

彼のあくなき「4P」への執念がこの結果を生んだのであろう。

こういう時の彼のコミュ力は凄まじい。 

性欲は本当に人を強くするのかもしれない。

こうして残されてしまった僕ら3人はもはや羽目を外す気分でもなくなってしまったので、法外な額を払い、店を出た。

街はまだ眠る気配もなく、相変わらずネオンとキャッチがきらめいていた。

しかし僕らはもはやそんな誘惑を目に留める余裕すらなく、鬱屈とした気分で帰路についていた。

「このまま終わっていいのか」

ふと僕の中にこんな感情が沸いてきた。

「おそらく一生に一度しか訪れることのないパタヤで嫌な思い出ばかり残して帰っていいのか」

「女でブルーになった気持ちは男でレインボーにしよう」https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B0_(LGBT)

僕はパタヤにゴーゴーバーの男版「ゴーゴーボーイズ」があるのを思い出した。

僕は2人に「ブルーな気持ちをレインボーにしようぜ」と言って、ゴーゴーボーイズに誘い出した。

こちらもゴーゴーバーと同じく、店に入るとすぐに支配人が寄ってきて、席に案内した後、僕らに男をあてがった。

(撮影NGだったのでイメージです。)

そして中央には写真のようなステージが置かれ、筋肉隆々とした男たちが並んでいた。

僕の元にはカンボジア出身の男がやって来た。彼はとても落ち着いた雰囲気で、僕のブルーだった気持ちを少しずつレインボーに近づけてくれた。

この時、僕は確実に自分がゲイへと傾きつつあるという事実を痛感した。

しばらく彼と話していると、何やら支配人が僕たちの方とステージを交互に指差している。

どうやら僕らにステージへ上がって欲しいとのことだ。

しかしもちろん客は僕たちだけではないし、僕たちは踊りの経験も屈強な筋肉もない。

ただ僕はこの時、漆黒のブルーへ変わった気持ちをレインボーにするためにはこのステージに上がるしかないと思った。

もう迷いはない。

僕たちは意を決して、ステージへ上がろうとした。

すると今度は支配人が「ステージに上がるなら服を脱げ」と言わんばかりに、僕たちの服を指差した。

もうどうにでもなれ。

僕はステージにいる男たちと同じように、パンツ一丁になった。

同じくステージに上がったこんりんも服を脱いでいた。

「何を踊ろうか。」

店には大音量のクラブミュージックがかかっていた。

クラブミュージック…台湾!

僕は台湾でふくよかな白人女性と踊った、「お尻を突き出して振り続ける」という謎のダンスを思い出した。

僕はすぐさまこんりんと共に客席へ向かってお尻を振り始めた。

すると客席は大いに盛り上がり、味をしめた支配人は僕にパンツを脱ぐように指示した。

もはや恥なんてものはない。

僕は指示通りにパンツを半分脱ぎ、自慢のお尻を見せつけた。

会場はその日一番の盛り上がりを見せ、ステージにいた男たちもケラケラ笑っていた。

僕は台湾でこの踊りをした後、とてもブルーな気持ちになっていた。

そんな踊りが2ヶ月後、タイで大いに役立つとは当時 夢にも思わなかった。

明らかに点と点が結ばれた瞬間だった。

僕はこの時、自分の気持ちが完全にレインボーになったのを確信した。

本当は動画があれば良かったのだが、唯一ステージに上がらなかったずおたんが動画を撮ろうとしたところ、注意されてしまったらしい。

締めるべきところは締める。

尻の締まりを重視するゲイらしい対応だ。

同じくゴーゴーボーイズに訪れたこんりんずおたんも僕と同じようにレインボーな気持ちになっているようだった。

しかもこれだけ僕たちをレインボーにさせてくれたのにも関わらず、ゴーゴーボーイズの値段はゴーゴーバーの時の半分以下。

本当に天へも昇れるような気分だった。

僕は今後、パタヤでおすすめのスポットを聞かれたら迷わずこのゴーゴーボーイズを答えるだろう。

聞くところによると、ゴーゴーバーの女を持ち帰ったさるじょんは4Pが出来なかったあげく、法外な額を請求され、さらには謎の病気によって以後2日間、腹を壊したらしい。

やはり冒頭にあった「ゴーゴーバーに行くような男はいつか地獄に落ちる」という言葉は正しかったようだ。

しかし僕は今回この言葉に少し書き加えたい。

「ゴーゴーバーに行くような男は地獄に落ちる。ゴーゴーボーイズに行くような男は天へも昇る。」

1000円で手に入れることができる真のサービス

ラインペイがいま登録者同士で1000円を送り合える狂気のキャンペーンを行っている。

ラインペイを使ったことがある人なら分かると思うが、ラインペイといえば、支払いが終わるたびに、「クジに挑戦!」といった無邪気なメッセージを送ってきては、

「1円当選 おめでとうございます!」という僕を有邪気な気分にさせる結果を送りつけてくる忌々しき乞食団体のイメージが根深い。

その乞食組織が今回1000円を配布するというキャンペーンをやったのだから驚きだ。

僕の乞食友達たちも早速このキャンペーンに参加し、僕に1000円を送ってくれた。

僕は久しぶりに1円以外の金額がラインペイに追加されたことを大いに喜んだ。

この1000円を何に使おうか。

「食事代、コスプレ、イソジン…」

世の中 1000円あればいろいろな物が買える。

1000円で救うことのできる命もたくさんある。

僕の邪気に溢れた想像力では、計り知れないほどの力を1000円は持っている。

1000円で何ができるのか考えていると、以前1000円で手に入れたある奇妙な体験が僕の頭の中に浮かんできた。

それは例のごとく冷たい北風が吹き荒れていたある春の日のことだった。

例のごとく性欲に餓えた「流山のバイアグラ」がこんなことを言ってきた。

「激安ピンサロ行こうぜ。」

以前も紹介したが、彼は「風俗ブロガー」として、極上の至福を求め、ありとあらゆる風俗への潜入を試みる性欲の権化だ。

性に関していえば、彼の発言にしたがっていればまず間違いはない。

僕らはすぐに「都内 激安ピンサロ」というワードで検索をかけまくった。

「都内」で良いものがなければ、次は「新宿」、「新宿」でだめなら、次は「池袋」

といった具合に手を変え、品を変え、執念深く調べた。

普段大学のレポートの文献を調べる際には、1度検索して良いものがなければ、すぐに諦めてしまう僕らからすれば、考えられないほどの執念である。

こうして執念深く調べていくと、ある興味深い店が僕らの前に現れた。

http://aitata-o.com/top/

見よこのビジュアル。

「あ、痛たた!」といった強烈なネーミングもさることながら、危険色の代表格でもある黒と黄色を基調としたホームページは訪れる者を恐怖の渦へ引きずり込む。

それにこの店にはなんと「10分1000円」というイカれたコースもあるそうだ。

(ふつうのピンサロは30分4000円~が多い。)

僕らは迷わずこの店に足を運ぶことに決めた。

こういった店に行く楽しみの1つとして、「在籍一覧を見る」が挙げられると思うが、「あ、痛たた!」のような地雷店ではそれは当てはまらない。

出勤一覧を見れば見るほど、恐ろしい気分になってしまうのは、前回の人妻パラダイスで経験済みだ。

しかし恐ろしいと分かっていることほどやってしまいたくなるのが世の常だ。

僕らは店に向かう途中、ついつい「在籍一覧」に目を通してしまった。

期待を裏切らない恐ろしさだ。

僕の息子たちが次々と死んでいく音が聞こえた気がした。

ただ「在籍一覧」を見て震え上がり、店へ向かう足取りが重くなった前回とは違って、

今回は前回の経験から「死ぬことは絶対にない」ということを理解していたので、動揺から足取りが重くなることはなかった。

こうして平常心を保ちながら歩いていると、すぐに奴が目に飛び込んできた。

前回とはうって変わって威風堂々とした態度で中に入ると、いつものようにイカしたボーイに無駄に妖艶な暗闇に包まれた1畳ほどの狭いブースに案内された。

しまった。今回は二人で来たため、ブースが隣同士だ。

これでは「流山のバイアグラ」の想像を絶する媚声が聞こえてしまう。

「大丈夫、媚声ぐらいで人間は死なない」

こんなことを考えていると先に隣のブースに黒い影が現れた。

僕は思わず笑ってしまった。

だいたい風俗のホームページ写真というのは、偽りがあるというのが普通だが、

この女性はホームページと全く同じなふくよか体型をしていた。

「あいつ大丈夫かな。」と隣のブースを心配していると、すぐに僕のほうにも影が近づいてきた。

驚いた。

なんと隣に来た女性よりも2倍近くふくよか体型の女性が僕のもとにやって来たのだ。

彼女は驚き硬直した僕をよそに10分という短い時間を無駄にしないために、すぐにサービスを始めた。

キス、フェラチオといった基本サービスは言うまでもなく、彼女の大柄な体格を生かしたハグは僕がこれまで犯した罪や不道徳を全て包み込んでくれるような感触を与えてくれる素晴らしいものだった。

これはまさしく本物のサービスだ。

1000円でこれだけ素晴らしいサービスを提供してくれるとは、日本のサービス業も捨てたものではない。

「自分たちにしかできないサービスを」という日本のサービス業の真髄が「あ、痛たた!」にはつまっている気がした。

冒頭にも述べたようにいま極悪非道で名高いラインペイが1000円を配布するという名誉挽回をかけたキャンペーンを行っている。

ただで1000円を手にしたラインペイユーザーたちはいま1000円の使い道にさぞかし悩んでいることだろう。

そんな時はぜひこの「あ、痛たた!」に行って真のサービスとは何か体験して来てほしい。