すね毛と共に生きてゆく

すね毛

この世に生を受けて23年、僕はこのたった数センチの黒い物体に苦しみ続けてきた。

話は小学校時代に遡る。

父親の剛毛遺伝子をふんだんに受けついだ僕は学年が上がるにつれてその突出した毛量で他の児童たちを圧倒するようになっていった。

友人たちの足と比べて漆黒に染まった我が足を見て落胆することはあったものも、当時はまだまだ無邪気な小学生。

すね毛いじりもせいぜいたまに毛を抜かれる程度で、露骨な悪意を感じるものは少なく、僕が抱いた苦しみもわずかなものであった。

そんな僕の小さな欠点意識を明確なコンプレックスと変えた場所があった。

そう かの悪名高き横浜市立岡野中学校だ。

中学校ではバスケットボール部に入部した。

バスケでは練習着が短パンになるため、僕の剛毛っぷりがより強調されやすい状態となってしまった。

そんな僕の剛毛を人の粗探しに命をかけるただ歳が1つ上であるだけな奴らが見逃すはずはなかった。

「先輩命令」

彼らはこの文句を馬鹿の1つ覚えのごとく乱用し、僕に対してテーピングやガムテープを足に貼り付けて剥がす「テープすね芸」を強要した。

ことあるごとに激痛と嘲笑に苛まれた僕はすっかり自らのすね毛に対してコンプレックスを抱くようになってしまった。

あれから何年もの月日がたった。

公立中学校という「魔界」を抜けて以降、「テープすね芸」を披露することはなくなった。

しかし僕のすね毛は抜けること無く増え続け、一度植え付けられたコンプレックスも抜けることはなかった。

バスケサークルでの練習やyoutubeのすね毛脱毛広告を見るたびに自らの剛毛が僕の脳裏によぎった。

もちろんこれまですね毛を無くそうとしたことは何度もある。

髭剃りに除毛クリーム、ブラジリアンワックス。

どの方法も僕の剛毛が持つ雑草魂に勝つことはできず、生えては処理、生えては処理を繰り返すうちに僕の肌と心は荒れ果て、除毛断念を余儀なくされた。

いつしか僕は男某場で言われた「毛は男らしさ」という言葉を妄信し、コンプレックスを覆い隠そうとしていた。

そんな僕に転機をもたらしたのは家で唯一の話し相手である妹だった。

例のごとく海谷家の宿命であるすね毛を継承してしまった妹は、これまた例のごとく公立中学校に通い始めてからすね毛を気にするようになり、脱毛を始めた。

脱毛に成功して以来、ことあるごとに妹は僕の足を見て「やばい」「こうはなりたくない」と指摘するようになった。

当初はいつもの「すね毛は男らしさ」というバカの1つ覚えで対処していたが、何度も指摘されるにつれて僕の覆いが少しずつ取れていくような感覚があった。

そしていつものようにgorogoroを満喫していたある日、ふと僕はすね毛に関心を抱き、検索エンジンを開いた。

「すね毛 処理 メンズ」

久しぶりにすね毛処理界隈を覗いてみると、界隈は進化を遂げ、様々な処理方法が発達していることが分かった。

その中でもある画期的な方法が僕の目に止まった。

「脱色」

僕はこれまで毛を無くすことに囚われ、生えては処理、生えては処理を繰り返すうちに肌と心が負けるという流れに苦しんでいた。

男なら誰でもすね毛は生えている。

何もすね毛を無くす必要は無いのだ。

異常な剛毛であることが見透かされなければ良いのである。

新たな可能性の登場に心踊った僕はジャングルに向かい、脱色剤を購入した。

脱は急げ 剛毛から中毛へ スピード! スピード!

長年の苦しみを解放する瞬間がついに訪れる

感情の高ぶりが抑えきれない僕は脱色剤が到着した夜、すぐさま脱色への扉を開いた。

すね毛たちも心なしか脱色を待ち望んでいるようだ。

まずは説明書の通りに付属のカップの容量に合わせて液体を混ぜ合わせ脱色液を錬成した。

こいつが僕を苦しみから解放するのか。ただの白い液体なはずなのに何だかとても頼もしい存在に覚えた。

液を作って安心したのも束の間、すぐさま新たな問題が発生した。

完全な液不足

写真で勘づいた方もいたかもしれないが、あのカップ程度の液量で僕の剛毛を脱色するなど到底不可能だ。

何が説明書だ 剛毛なめんな クソくらえ 

説明書の剛毛想定力の低さに遺憾の意を覚えた僕は残っていた液を全てカップにぶちこみ、剛毛仕様の脱色剤を完成させた。

後は塗るだけ。

僕はあの頃の嘲笑の日々を頭に浮かべつつ、もう一度新たなすね毛との関係性を求め、一心不乱に液を足に塗りたくった。

悪黒に染まったすね毛どもよ 今こそ正義の白を手にするにあらん。

僕は新たな脱色毛を手にし、二度と剛毛呼ばわりの屈辱を受けない はずだった‥

そこに待っていたのはあまりにも微妙な結果であった

脱色後の足がこちらである。

微妙だ 限り無く失敗に近い微妙である

確かによく見ると最初の写真に比べて薄くなっているような気もする。

しかし僕が求めていたのはこんな微妙な結果ではない。

求めていたのはこれまでの悪夢を払拭するような爽やかな白だ。

徒労感、虚しさ、無念さ 様々な感情が代わる代わる僕を襲った。

僕は母と妹に批判を受けながら50分間、風呂場にこもった。

手に入れたのは茶髪のすね毛。

もうやめよう。僕はこれからもすね毛と向き合って生きてゆくしかないんだ。

「トウマくん 毛が大好きなお客さんもいるから絶対剃っちゃダメだよ」

ふと彼の言葉が脳裏をよぎった。